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1杯のコーヒーから始まる感謝の旅

The Pause That Refreshes

2019年1月18日(金)17時00分
メアリー・ケイ・シリング

コーヒーカップに付けるカバー、スリーブを発明したジェイ・ソレンセンとの出会いには特に感動した。「世界中の無数の指を不快な熱さから守る仕掛けが、コーヒーをこぼしてやけどしそうになった男に発明されたなんて最高の話じゃないか」と、ジェイコブズは言う。

感謝の方法はいろいろある。相手に直接伝える場合もあれば、電話をかけたり、メールや手書きの感謝状を送ることもある。その反応は、ハグから困惑までいろいろだ。「倉庫のコーヒー豆に虫がつかないようにしてくれてありがとう」と、害虫駆除会社に電話をしたときは、電話口の女性がひどく無感動で、「どういたしまして」と言うと、さっさと電話を切ってしまった。

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ジェイコブズは、行動が思考を形成すると考えている。つまり感謝の言葉を口にすることが、実際に感謝する気持ちを育むというのだ。だが、それは言うほど簡単ではない。

『サンクス・ア・サウザンド』には、ジェイコブズが心理学者に相談する場面がある。エクソンモービルのCEOに感謝しなければならないが、どうしてもその気になれない。「あれはキツかった」とジェイコブズは語る。「ジョーの店にコーヒー豆を運ぶトラックは、エクソンのガソリンを使っていた。あの会社が地球環境に与えている影を考えると、口先だけでも感謝するのは難しかった」

だが心理学者がうまいアドバイスをくれた。ジェイコブズが感謝すれば、エクソンのCEOはハッピーな気分になるかもしれない。「そうしたらもっと社会的な行動を取ろうと考えて、世界の資源を略奪して莫大な利益を上げようという意欲は薄れるかもしれない」というのだ。

ジェイコブズはインタビューの最中、大切そうにコーヒーを飲んでいた。「もともと食べ物をすごく味わって食べるタイプじゃない。でも、このコーヒーを作るために無数の人が膨大な時間をかけていることを知ってからは、少なくとも2秒間は、その酸味と舌触りと甘みを味わうようにしている」

何事もよく味わい、感謝の気持ちを持つこと――。その哲学を、ジェイコブズはあらゆる場面で実践しようとしている。「その努力をしなければ、人生はあっという間に過ぎて行ってしまう。そして気が付いたらおしまいになってしまうからね」

<本誌2019年01月15日号掲載>

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