在日韓国人になる
韓国の性差別主義者に痛罵されるゲイの青年と、彼に韓国語(ウリマル)を教え支える在日は、マイノリティ間の境界と国境を同時に越えていた。ここまで本稿で触れてきた「ウリマル」の語は、直訳すると「私たちの言葉」である。在日はウリマルとしての韓国語(朝鮮語)を民族意識の核としてきたが、右のエピソードは、ウリ(私たち) の範囲のたくましき更新版である。
今年に入って韓国の済州島に五六〇人ほどのイエメン人難民がたどり着くと、彼らが狼藉(ろうぜき)を働いている、医療費免除という不当な特権を得ているなどのフェイクニュースが韓国で拡散し、知識人を巻き込んだ排外主義が高まった(4)。この一件を受けて、在日特権の偽史を突きつけられてきた在日が排外主義的な韓国人にくみするとなれば、あまりに悲しい喜劇である。
互いにひざ頭がつきそうなコンパートメントの四人席でカップルが向かいあって談笑していると、何個目かの停車駅から三人目の乗客が座った。とたんに窮屈さが増したカップルはやや不快な顔をし、男の方は聞こえぬよう舌打ちした。三人目の客は不穏な空気に恐縮しつつも、だんだんとパーソナルスペースの拡大に努めた。すると、あとの停車駅から四人目の乗客が座ってきた。今度は三人そろって不快感をもよおし、めいめい小さくため息をついた。四人目の客は、多勢に無勢の中うつむいている......。
在日は、いつでもこの三人目の客となりうる。私と四人目のニューカマーとでは格が違うのだという優越感が排外主義につながるとすれば、それはマジョリティの排外主義に輪をかけてたちが悪い。
[注]
(1)鄭大均「帰化者はもっと自分を語ってよい」BLOGOS、二〇一六年九月一日。http://blogos.com/article/188949/
(2)岩城あすか「韓国は外国人に門戸を開いた②『地方参政権』」WEBRONZA、二〇一八年七月一七日。http://webronza.asahi.com/politics/articles/2018070400006.html 小倉紀蔵ほか『嫌韓問題の解き方』朝日選書、二〇一六年、二二〇〜二二一頁。
(3)筆者自身の希望の歴史は以下で述べた。拙稿「排外主義とささやかな希望」ハフィントンポスト日本版、二〇一四年一二月八日。https://www.huffingtonpost.jp/seiichi-hayashi/chauvinism_b_6286354.html
(4)S. Nathan Park, "South Korea is going crazy over a handful of refugees," Foreign Policy, 6 August, 2018. https://foreignpolicy.com/2018/08/06/south-korea-is-going-crazy-over-a-handfulof-refugees/ 「イエメン難民、希望探す済州島」『朝日新聞』朝刊、二〇一八年八月六日。https://www.asahi.com/articles/DA3S13623745.html
林晟一(Seiichi Hayashi)
1981年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程中退。著作に「在日であることの意味」『中央公論』(2014年5月号)、訳書にドン・マントン&デイヴィッド・A・ウェルチ『キューバ危機』(共訳、中央公論新社)など。「ハフィントンポスト日本版」に寄稿している。
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