シリア反体制派の最後の牙城への総攻撃はひとまず回避された──その複雑な事情とは
総攻撃回避のトルコの役割
残された「テロ組織」への対処で尽力したのもトルコだった。トルコは2018年8月、シャーム解放機構を「テロ組織」に指定する政令を施行し、ロシアとともに「テロとの戦い」を貫徹する意思を示す一方、シャーム解放機構と水面下の折衝を繰り返した。
この折衝は、以下の三点が目的だとされる。
○ シャーム解放機構に解体を宣言させ、反体制派内の「テロ組織」を消滅したものとする。
○ 解体を宣言した組織の幹部を、シリア以外の紛争地域に秘密裏に移送する(ないしは、解体宣言を拒否した者を殲滅する)。
○ 解体に同意したメンバーを国民解放戦線が吸収し、「合法的な反体制派」として延命させる。
シャーム解放機構の解体によって「テロ組織」が消滅し、イドリブ県で活動する反体制派が概ねトルコの管理下に置かれれば、シリア軍がイドリブ県を総攻撃する理由はなくなる。非武装地帯は、このプロセスを実行に移すための場として設置されたのだ。
こうして見ると、総攻撃回避の最大の功労者はトルコということになる。その背景には、イドリブ県で一度戦闘が激化すれば、大量の難民が領内に流入することへの懸念が見え隠れしている。既に350万人以上もの難民を受け入れているトルコは、最近の経済事情の悪化もあいまって、これ以上難民を受け入れる余裕などない。
だが、トルコへの難民流入を避けたかったのは、ロシアとシリア政府も同じだ。ロシアは7月に難民と国内避難民(IDPs)の帰還促進を目的とした「合同調整センター」を設置し、難民問題を通して復興プロセスを主導しようとしている。シリア政府も歩調を合わせるかたちで、8月に国外難民帰還調整委員会を設置している。
シリア内戦における「最後の戦い」における勝利を鼓舞するよりも、復興を軌道に乗せたいロシアとシリア政府。自らが支援してきた反体制派の敗北よりも、国内経済の悪化に対処したいトルコ。これらの当事者の頭のなかで、おそらくシリア内戦はすでに終わっており、内戦後の影響が見据えられているからこそ、イドリブ県への総攻撃は猶予されたのかもしれない。