ドイツがリベラルな国際秩序の「嫌々ながらの」リーダーである理由
おわりに
たしかに「ヨーロッパ」は、ドイツにとって、アメリカに代わりうる枠組みを提供するように見える。しかしながらEU自体、ユーロ危機以来の危機の連続のなかで、その能力不足や内部分裂を露呈させている。そしてドイツがEUでリーダーシップをとろうにも、いまや多くのEU加盟国にとって、ドイツは解決というよりは問題の一部と見なされている。ユーロ危機対応以外でも、たとえば二〇一五年にメルケル首相が貫徹した寛容な難民受け入れ政策は、人道的観点からは評価できるものの、その一方的なイニシアティブから他のEU加盟国の反発を呼んだ。加えて、ハンガリーやポーランドにおける反リベラルで欧州懐疑的な政権の存在は、EU内でのドイツのリーダーシップをより難しいものにしている。
現在のドイツ外交を苦しめているのは、これまで依拠してきた「西側」の二本柱、すなわちアメリカとヨーロッパの双方が、いまや揺らいでしまったことである。もちろん、こうした状況はまったく新しいものというわけではない。むしろ、アメリカとヨーロッパの利害が分岐したとき、ドイツ国内ではつねに「大西洋主義」と「ヨーロッパ主義」との対立が生じた(たとえば一九六〇年代の「大西洋主義」路線と「ド・ゴール」路線の争いなど)。しかし現在の状況は、かつてないほどドイツ自身の主体性、あるいはリーダーシップが問われているという点で新しい。
いまドイツ外交は、第二次世界大戦後、最も大きな知的・戦略的な挑戦と向き合っているのかもしれない。
[注]
(11)本節につき、詳しくは拙稿「EUとドイツ」西田慎・近藤正基(編)『現代ドイツ政治』(ミネルヴァ書房、二〇一四年)を参照。
(12)Timothy Garton Ash, "The New German Question," The New York Review of Books, Aug. 15, 2013.
(13)Herfried Münkler, Macht in der Mitte, Körber-Stiftung, 2015.
板橋拓己(Takumi Itabashi)
1978年生まれ。北海道大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。専攻は国際政治史、ヨーロッパ政治史。主な著書に『中欧の模索――ドイツ・ナショナリズムの一系譜』(創文社)、『アデナウアー――現代ドイツを創った政治家』(中公新書)、『黒いヨーロッパ――ドイツにおけるキリスト教保守派の「西洋(アーベントラント)」主義、1925~1965年』(吉田書店)、『国際政治史――主権国家体系のあゆみ』(共著、有斐閣)など。
『アステイオン88』
特集「リベラルな国際秩序の終わり?」
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
CCCメディアハウス