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ドイツがリベラルな国際秩序の「嫌々ながらの」リーダーである理由

2018年8月11日(土)11時45分
板橋拓己(成蹊大学法学部教授)※アステイオン88より転載

Fabrizio Bensch-REUTERS


<2016年にイギリスがEU離脱を決め、アメリカがドナルド・トランプを大統領に選出して以来、ドイツが「リベラルな国際秩序の最後の砦」として注目を浴びている。だがこれは「ドイツ政治を学んできた者には驚くべきことだ」と、板橋拓己・成蹊大学法学部教授は言う。
 論壇誌「アステイオン」88号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月28日発行)は、「リベラルな国際秩序の終わり?」特集。リベラルな国際秩序の終わりが語られている最大の理由は「トランプ米大統領がリベラルな国際秩序の中核となる重要な規範を軽視して、侮辱しているから」だが、「トランプ大統領がホワイトハウスから去った後も、リベラルな国際秩序の衰退は続くであろう」と、特集の巻頭言に細谷雄一・慶應義塾大学法学部教授は書く。
 そんな中、ドイツはどんな苦悩を抱えているのか。そして、戦後ドイツ外交の大原則であった「西側結合」はどうなるのか。板橋教授による同特集の論考「『西側結合』の揺らぎ――現代ドイツ外交の苦悩」から、一部を抜粋・転載する>

EUの「問題」としてのドイツ(*11)

EU離脱の賛否を問う二〇一六年六月二三日の英国国民投票で離脱派が勝利したあと、EUウォッチャーたちの視線は、ブリュッセルでもパリでもなく、ベルリンに集まった。ブレグジットについてだけではない。近年のユーロ危機やウクライナ危機への対応においても、ドイツの動向に世界は注目した。いまやドイツが、EUの「リーダー」であるかのようだ。しかし、ドイツがEUにおいて自他共に認める「リーダー」かというと、そうとも言えない点に、現在のEU=ドイツ関係の難しさがある。

そもそも、冷戦終焉後の東西ドイツ統一とEUの「東方拡大」により、ドイツは地理的のみならず、様々な意味でEUの「中心」となった。人口は加盟国のなかで最多で(八二八〇万人でEU総人口の約一六%)、経済力も群を抜いている。結果としてEUへの財政的貢献も最も大きい。現在、EU予算の約四分の三は加盟国のGN I比拠出金で賄われているが、その拠出金の二割以上をドイツが担っている。

このように客観的には、ドイツはEUの中核的な大国と言える。しかしドイツ自身、「リーダー」としてEUを牽引するには、歴史的経緯による躊躇と、国内政治的な制約を抱えている。また他のEU諸国にも、ドイツの覇権への反発や恐れがある一方、応分の責任を担おうとしないドイツに対する苛立ちもある。この点から、著名な現代史家T・G・アッシュは、いまヨーロッパは「新しいドイツ問題」を抱えていると喝破した(*12)。ここでは、その「問題」の現れ方を、ユーロ危機の事例から見てみよう。

二〇〇九年来のユーロ圏の危機をめぐって、EUの経済大国ドイツの対応は世界的な注目を浴びた。金融危機から近年の慢性的・構造的な危機に至る展開について詳述する紙幅はないが、概してドイツの対応は鈍く、かつ頑なだったと言える。ショイブレ財務相(一七年一〇月に退任)に典型的だが、ドイツの論調は、南欧諸国に「ドイツのようになれ」、つまり改革を断行して財政を健全化せよと厳しく迫るものだった(実際ドイツ自身、連邦と州の財政につき、起債に基づかない収支の均衡を義務付けた「債務ブレーキ規定」を二〇〇九年に基本法に書き込んでいる)。

かかる政治指導者の言動の背後には、安定した通貨によってこそ戦後ドイツ経済は成功したという従来からの信念に加えて、国内世論への配慮があった。たとえば通俗メディアは、ドイツは自国民の血税をギリシャに注ぎ込んでいるという論調で世論を煽った。選挙戦略的な観点からも、メルケル政権は、債務国支援措置に対する有権者の反発を考慮せざるをえなかったのである。

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