中国政局の「怪」は王滬寧の行き過ぎた習近平礼賛にあった
少なくとも言えることは、「一党支配体制を維持するための道具"個人崇拝"が、一党支配を滅ぼす」ということだ。
事実を歪曲した、日本の煽り情報を憂う
日本の一部のメディアでは、ここぞとばかりに「習近平が降ろされる」といった「鬼の首でも取った」ような中国研究者の記事が氾濫している。一党支配体制が崩壊するのは筆者も望むところだが、しかし正確な中国の政局分析をしないと、日本の国益を損ねる。しかし今ここでその反証を一つ一つ列挙するには文字数オーバーなので又の機会にしよう。
それでもせめて簡単に、以下のことにだけでも触れておきたい。
(1)習近平が7月19日から24日にかけてアフリカ諸国を訪問している間に(鬼の居ぬ間に)、李克強が勢力を挽回して経済問題で主導権を回復したという情報が見られる。日本人の耳には心地よいだろうが、これは事実とは異なる。習近平は外遊直前の7月17日に「党外人士座談会」を主宰し、経済問題を中心に討議した。外遊中に実施するよう、李克強に命じた。この会議には王滬寧も出席している。帰国後にはすぐに中共中央政治局会議を開催して李克強に経済報告をさせることになっていた。事実、習近平は帰国後の7月31日に中共中央政治局会議を開催して、李克強に実施状況を報告させている。王滬寧も出席した。CCTVが詳細に伝えた。
(2)7月12日に習近平は「中央と国家機関による党の政治建設推進会」を開催したが、王滬寧が欠席(させられて?)、その代わりに丁薛(せつ)祥が出席したので、これは王滬寧降ろしのサインで権力闘争が激化している証拠だという趣旨の分析も見られる。中国の「党と政府」の基本構造を知らないと、外部からはこのように見えてしまうのだろうかと、驚きを禁じ得ない。丁薛祥は中共中央政治局委員で中共中央書記処書記であると同時に、最も重要なのは「中央と国家機関工作委員会(工委)の書記である」という点だ。このことを知らないと、「党と国家機関による会議」には王滬寧ではなく、工委書記の丁薛祥が出席しなければならないという中国内部の政治構造が理解できないにちがいない。それ故の中国政局に対する誤読だ。
(3)習近平の7月のアフリカ外遊に王滬寧が随行していなかったので「習近平は一人ぼっち?」という分析もあるようだが、昨年の第19回党大会で、王滬寧がチャイナ・セブン入りして役割が変わったのを知らないわけではあるまい。もし王滬寧が随行したら、それこそ奇々怪々だ。中国の政治構造を深く理解せずに、日本人が喜ぶ方向に情報操作をするのは、日本国民の利益に反するのではないだろうか。
習近平はアフリカ外遊で「BRICSプラス」を形成し、31億人の共同体でアメリカに対抗し、米中貿易で有利な立場に立とうとしている(これに関しては別途、論じる)。権力闘争をしている場合ではない。彼の敵は「人民」であることを見落とさないようにしたいものだ。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。