最新記事

北朝鮮

「日本こそ強制的な核査察を受けろ」と主張する金正恩のホンネ

2018年8月1日(水)16時20分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

金正恩が日本を仮想敵とするその真意は? KCNA-REUTERS

<非核化をしようとしまいと、北朝鮮が軍事力を放棄することは決してない>

米紙ワシントン・ポスト(電子版)は30日(現地時間)、複数の米当局者の話として、北朝鮮が平壌近郊の山陰洞(サヌムドン)にある研究施設で液体燃料を使用する新たな大陸間弾道ミサイル(ICBM)を製造しているもようだと報じた。ここ数週間に撮影された人工衛星写真などによると、1基か2基のICBMを製造中とみられるという。

事実だとすれば、金正恩党委員長が米韓に対し「完全な非核化」を約束しながらもなお、軍事力を核戦力に依存していることになる。

だが、これはさほど驚くには当たらないことだ。金正恩氏は確かに、これから非核化に向かうことを約束した。しかし、それは自らの安全が確保されたら行うというものであり、「すでに非核化を始めた」と言ったわけではない。それ以前に、武装解除を約束したわけでもない。非核化をしようとしまいと、北朝鮮が軍事力を放棄することは決してないのだ。

兵士が飢え、強盗や性的虐待がまん延する朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の軍紀は、落ちることころまで落ちている。

参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

そんな現状を考えたら、北朝鮮が多大な犠牲を払って整備した弾道ミサイル戦力を完全に放棄するということは、それこそ武装解除するに等しい。

参考記事: 【画像】「炎に包まれる兵士」北朝鮮 、ICBM発射で死亡事故か...米メディア報道

もっとも、米国を狙う長射程のICBMについては、いずれ米国との駆け引きを経て放棄せざるを得なくなるだろう。ただ、米国に届かない短・中距離の弾道ミサイルには最後まで執着すると見られる。

北朝鮮の内閣などの機関紙・民主朝鮮は29日、日本が北朝鮮に対する「強制的で予告のない核査察」を主張しているとして非難する論評を掲載「実際に強制査察を受けるべき対象はまさに、日本自身である」としながら、「日本は、決心さえすれば直ちにでも数千個の核兵器を作れる能力を備えたばかりか、核兵器の製造に必要なプルトニウムを大量保有して機会だけをうかがっている」と決めつけた。

こうした論評を通じて金正恩氏が言いたいのは、要するに「米韓とは対話が進んでいるが、日本はまだまだ危険だ。われわれも自衛力を保持しなければならない」ということだ。日本を仮想敵とすれば、中距離弾道ミサイルを持ち続ける口実にもなる。

このような主張を退け、北朝鮮に弾道ミサイルを完全に放棄させるには、やはり日朝の対話が必要になる。しかし、過去の歴史問題が横たわる日朝間の融和は、北朝鮮と米韓との取り組みにも増して難しいように思える。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中