困っている難民や移民に手をさしのべるのは罪?──仏憲法評議会が判断
このとき、エルーさんは裁判所の前に集まった支持者を前に、「国がうまく機能しない時に活動するのが市民の役割だ。検察官に、国境を越えようとして死んだ15人の家族の話を聞いてほしい。 私は戦い続ける。私を直接刑務所に入れるならいれるがいい」と叫び、破棄院(最高裁判所)に上告した。
その裁判の中で、エルーさんとマノニさんは、破棄院が憲法評議会に「合憲性の優先質問」をする手続きを求めた。
憲法評議会は、憲法の前文および第2条(「共和国のモットーは自由、平等、博愛である」)と72-3条にある「自由、平等、博愛の理念」という表現を根拠として、憲法には「博愛の原則」があるとした。そして「立法者は公共の秩序を守ることと博愛の原則の両立を図らなければならない」として、密入国そのものの支援への罰則自体は合憲としつつも、「人道的な目的から我が国の領土に滞在する合法性を考慮することなしに他人を助ける自由がある」と、不法移民を車に乗せたり、宿や食事を提供したりすることを罰するのは違憲だとしたのである。
ハンガリーを牽制できるか
このエピソードは、あらためて民主主義の法治国家とは一体どういうものなのかを教えてくれた。エローさんらの質問は、法文が曖昧すぎるため明確にして欲しい、というものだった。法律に曖昧な表現が満ちているのに、違憲かどうか争うことすらできない日本とは大違いだ。しかも、質問がだされてからわずか2カ月で結論が出され、7か月後には条文は失効するのである。
この憲法判断によって「活動家としての対価」などという奇妙な理由はなくなる。さらに、憲法は権力者を拘束するものであるから、不法滞在かどうかということよりも博愛の原則の方が重いというこの決定は、フランス政府がこの問題についてこの方向で明確な姿勢をとる以外にないことを意味する。ドイツで難民への風あたりが強まったり、ハンガリーで難民を支援する人を罰する法律が成立したりするなか、EUでの議論にも影響を与えることは間違いない。
[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。