米朝会談「アメリカは高潔・聡明、敵はクレイジー」外交のツケ
マッドマンは政治家だった
もっとも、ある意味でこのような思考になるのも無理はない。アメリカ人は自分たちの国は高潔で、特別で、聡明で、寛大であり、アメリカの外交政策は世界のほぼ全ての人にとって望ましいと信じている。そんなアメリカの政策に同意せず、アメリカの真意を疑う者は、精神的にどこか異常があるに違いない、と。
分別と理性があり、十分な情報や知識があれば、アメリカの目的の崇高さを理解してアメリカのイニシアチブを支持するはずなのだ。9・11同時多発テロの後にジョージ・W・ブッシュ米大統領(当時)は、「アメリカを憎む人がいることに驚いた」と率直に語った。「信じられない、私たちはこんなに善良なのに」
残念ながら、敵対する相手を本質的に非理性的と見なす傾向は、現実的な代償を伴う。まず、相手が本当にクレイジーならアメリカの軍事的優位性に怯えないだろうし、通常の抑止戦略は効果がないかもしれない。
その場合、予防戦争がより魅力的な選択肢になる。イラク戦争がそうであり、先述のとおり対イラン強硬派は軍事行動を支持している。ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)をはじめ北朝鮮に対して軍事攻撃も辞さない人々も、少なくとも金が「マッドマン」から「政治家」に変わるまでは同じような主張をしてきた。
次に、敵対する相手の振る舞いを非理性的な要素のせいにすると、彼らの真意が見えにくくなる。
北朝鮮やイラン、リビアなどが大量破壊兵器に固執することを、アメリカでは常軌を逸する行為や悪意の証拠だと考える人もいる。北朝鮮のように貧しい国が核兵器の開発に莫大な資源をつぎ込むことは狂気でしかなく、金一族の異様さと偏執性と危険性を物語っている、というわけだ。
しかし北朝鮮にも、イランやリビアにも、他国からの攻撃を警戒する正当な理由があり、信頼できる抑止力を求める根拠も彼らなりに持っている。超大国のアメリカが自国の安全のために数千発の核弾頭を保有する必要があると思うのなら、はるかに弱い国々が核保有を有益な保険と考える理由は言うまでもない。
現に、金はまたしても、核弾頭を保有して発射できることが米政府の関心を引く極めて有用な手段になり、ある程度の敬意を払わせることさえできると証明したではないか。