『君の名前で僕を呼んで』多感な17歳が落ちたひと夏の同性愛の恋
――エリオは自分の感情をよく把握しているが、普通のアメリカのティーンエイジャーは違うようだ。10代の少年はエリオから学べるだろうか。
いい質問だね。難しいと思う。映画ではエリオは好意を持っている相手に対してためらわずに手の内を見せ、相手も彼に好意を持っている。それを現実の人生に当てはめるのは難しい。現実には拒否される可能性もあるから。
それでも若者が映画を見て、ありのままの自分でいいんだって気付くのはとてもいいと思う。アメリカの若者は特にね。ヨーロッパではアメリカより大っぴらに劣等感や悩みについて話せる気がするから。
――既に質問攻めに遭っていると思うが、桃のシーンについては監督からはどんな指示があったのか。
あのシーンには2週間くらいかかった。ルカの話だと、原作者のアンドレはカットしたほうがいいんじゃないかと思ってたみたいだ。このシーンは小説で描写するほうが効果的で、実際に説得力のある演技をするのは難しくてあからさま過ぎるって。撮影したい気持ちは変わらなかったけど、説得力がなかったら没にするつもりだった。1~2回撮影して、2回目で「これだ!」と感じた。
準備をしているときは「ちゃんとやらなきゃ」って感じじゃなかった。あらかじめ決めたとおりに演じたくはなかった。見ていて面白いのは、自然に出てくる演技だから。かといってコメディーっぽい芝居や、自意識過剰な感じにもしたくなかった。
ああいうプライベートなシーンは怖いけど、ありがたくもある。1人でいるとき、人はさまざまな感情表現をする。桃とのセックスとか、ベッドで跳びはねるとか。
――ルカと一緒に仕事するのはどんな気分? ほかの監督との違いは?
数え上げたらきりがないよ。マーロン・ブランドの出現で演技の意味が変わり、誰もがリアルに演じるようになったことを(ルカが)思い出させてくれた。クリスチャン・ベールが『マシニスト』のために大幅に減量した以降は、役作りのために減量するのが当たり前になった。
ルカとの今回の仕事は、役に没頭するように要求されて大変だった。手抜きは一切なし。ちょっとした小道具まで考え抜かれたものばかりだった。土壇場で加わった人間は1人もいなかった。
―― 17年は『レディ・バード』の高校生カイル役でも注目を浴びた。監督のグレタ・ガーウィグから準備のために渡された本があったそうだが?
そうなんだ。『インターネットは存在しない』ってタイトルで「あなたが演じる人物が読みそうな本」だって言われた。なぜインターネットは全員につながることを要求するのかについて、抽象的なことが延々と書いてあった。2000年問題とか。
開いてみたらマニアックな書き込みがびっしりで、「どこの古本屋で買ったんだ? 僕の前に読んだ奴は絶対にひどい被害妄想の持ち主だ」って思ったよ。そしたらグレタが「書き込みは全部私がしたの!」だって(笑)。
――『君の名前で僕を呼んで』で集まった注目に、どんなふうに対処している?
ずっと楽しみにしていることがある。一部のマスコミ関係者は1年前にプレミア上映を見ている。僕が長年憧れて、作品を見て演技を研究してきた俳優たちも見ている。でもこの作品の本来のターゲットである一般の観客や僕の地元の友人たちはこれから見るんだ!
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[2018年1月30日号掲載]