最新記事

シリア情勢

トルコがシリアへ侵攻し、クルドが切り捨てられる

2018年1月24日(水)18時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

米国への依存を強めていった

その一方で、ロジャヴァは、ロシア、イラン、そしてトルコが、アスタナ会議を通じて内戦後のシリアでの勢力維持・強化を画策するなか、米国への依存を強めていった。米国にとっても、ロジャヴァとの連携は、シリア国内に建設した11の基地を維持し、影響力を行使するうえで不可欠だった。

だが、トルコがこれに強く反発した。PYDをクルディスタン労働者党(PKK)と同じテロ組織とみなすトルコは、兼ねてから米国とロジャヴァの関係を快く思っていなかった。シリア北東部と北西部を支配下に置くロジャヴァが国境地帯全域に勢力を伸張することを恐れていたトルコは、ユーフラテス川からアレッポ県北部のアアザーズ市一帯にいたる地域を「安全地帯」(güvenli bölge)に指定し、同地へのロジャヴァの勢力拡大を安全保障上の「レッド・ライン」と位置づけた。

ロジャヴァが2016年6月に、ユーフラテス川を渡河し「安全地帯」内のマンビジュ市を掌握すると、トルコはこれに対抗して、8月に「ユーフラテスの盾」作戦を開始、シリア内戦後初となる本格軍事介入に踏み切った。7ヶ月にわたる作戦で、トルコ軍は、ハワール・キッリス作戦司令室」や「ユーフラテスの盾作戦司令室」などと呼ばれた反体制派とともに、ユーフラテス川右岸のジャラーブルス市やバーブ市を制圧し、「安全地帯」を事実上占領した。

なお、トルコは、この作戦と並行してロシアやイランと結託、2016年12月にアレッポ市東部街区からヌスラ戦線をはじめとする反体制派(およびその家族ら)の退去を仲介することで、アスタナ会議の保証国としての地位を確保した。

トルコの猛反発

米国に対するトルコの怒りが頂点に達したのは、ドナルド・トランプの大統領就任から1年が経とうとしていた今年1月半ばだった。きっかけとなったのは、イスラーム国の勢力回復を阻止するとの名目で、米国がシリア民主軍の戦闘員を主体とする「国境治安部隊」(border security force)の創設に向けて動き出したことだった。国境治安部隊は3万人の兵員を擁し、ロジャヴァの支配地域を囲い込むかたちで、トルコ、イラクとの国境地帯、そしてユーフラテス川流域に配備されるとされた。

米国の動きに対して、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は「米国は国境地帯にテロ部隊を創設することを承認した。我々が行うべき任務は、この部隊を生き埋めにすることだ」と凄んだ。だが、こうした威嚇によって、米国のロジャヴァ支援策が変更されないことは、トルコも承知していた。真の狙いは別のところ、すなわち、アフリーン市一帯に対してトルコ軍が準備していた軍事作戦を米国に認めさせることにあった。

トルコは、アスタナ6会議(2017年9月)でイドリブ県の緊張緩和地帯への処遇をめぐってロシア、そしてイランと合意に達して以降(拙稿「今こそ、シリアの人々の惨状を黙殺することは人道に対する最大の冒涜である」2017年9月23日)、アフリーン市一帯のYPGの動きを監視するとして、イドリブ県北東部にあるシャーム解放委員会最大の軍事拠点であるタフタナーズ航空基地、アレッポ県西部の複数カ所に部隊を進駐させ、同地に侵攻する機会を窺っていた。

トルコの猛反発を受け、レックス・ティラーソン国務長官ら米高官は、国境治安部隊を創設している事実そのものを否定する発言を繰り返すようになった。こうした発言が「嘘」だということは、国境治安部隊の第1、2期教練プログラムの修了が発表されたことからも明らかだった。だが、トルコは、エイドリアン・ランキン=ギャロウェイ米国防総省報道官から「米国はアフリーンのクルド人部隊を支援しない」という言質を合わせて引き出すことに成功し、米国の「嘘」を見逃した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

家計の金融資産、9月末は2179兆円 株安・円高で

ワールド

米ウーバーもトランプ氏就任基金に寄付、CEOと10

ビジネス

日産とホンダ、持ち株会社設立に向け協議=関係者

ワールド

トランプ氏、米地元紙に損賠請求 世論調査で「選挙介
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 2
    揺るぎない「価値観」を柱に、100年先を見据えた企業へ。
  • 3
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが物議...事後の悲しい姿に、「一種の自傷行為」の声
  • 4
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 5
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 6
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 7
    爆発と炎上、止まらぬドローン攻撃...ウクライナの標…
  • 8
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 9
    ウクライナ侵攻によるロシア兵の死者は11万5000〜16…
  • 10
    ChatGPT開発元の「著作権問題」を内部告発...元研究…
  • 1
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 2
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式多連装ロケットシステム「BM-21グラート」をHIMARSで撃破の瞬間
  • 3
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達した江戸の吉原・京の島原と並ぶ歓楽街はどこにあった?
  • 4
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 5
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 6
    男性ホルモンにいいのはやはり脂の乗った肉?...和田…
  • 7
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 8
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 9
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 10
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 6
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中