最新記事

中東

レバノン、ハリリ首相の「拘束」めぐる中東の混沌

2017年11月16日(木)19時30分
トム・オコナー

レバノンの首都ベイルートに貼り出されたハリリのポスター Jamal Saidi-REUTERS

<スンニ派、シーア派、シーア派武装組織ヒズボラ、キリスト教徒マロン派など敵味方が入り乱れるモザイク国家レバノンは、シリアに次ぐ戦場になりかねない>

サウジアラビアに滞在中のレバノンのサード・ハリリ首相は14日~15日、辞任手続きのために帰国すると続けざまにツイートした。イスラム教スンニ派のハリリは11月4日、サウジアラビア滞在中に突然、辞任を表明。衝撃が広がった。

辞任理由について、ハリリはイランとその後ろ盾を受けたレバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラが自分の暗殺を計画しており、家族が危険にさらされているためだと説明した。しかしレバノンのミシェル・アウン大統領とヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララらはこの話を否定している。スンニ派の盟主サウジアラビアがイスラム教シーア派の盟主イランの影響力を低下させるため、イランとヒズボラによる「レバノン首相暗殺計画」をでっち上げ、ハリリを拘束して辞任を表明させたというのだ。

「国民の皆さん、私は元気だ。2日後には帰国する。心配ない。私の家族は彼らの祖国であるサウジアラビアにいる」と、ハリリは14日にこうツイートした。

「繰り返すが、私は元気だ。約束どおり、愛するレバノンにもうじき帰る」これが15日のツイートだ。

だが同日、アウン大統領は、ハリリはサウジアラビアに拘束されているとの見方を示した。首相の家族がサウジで自宅軟禁状態にあることも確認したと述べた。

レバノンはスンニ派、シーア派、キリスト教マロン派の政治勢力が入り乱れるモザイク国家。ハリリの不在で権力の空白が生じ、政治的混乱が広がりかねない。ハリリはサウジアラビア生まれで、サウジアラビアとレバノンの二重国籍を持ち、05年に暗殺された父親ラフィク・ハリリ元首相の後を継いでスンニ派政党「未来運動」の党首となった。

ラフィク・ハリリの暗殺にはシリアが関与した疑いが持たれ、事件当時レバノンでは反シリアのデモが広がった。シリア軍は15年続いたレバノン内戦終結後、1990年からレバノンに駐留していたが、暗殺への反発がきっかけで撤退。シリア軍が去ると、フランスからキリスト教マロン派のアウンが帰国し、「自由愛国運動」を率いて、06年にかつての政敵であるヒズボラと和解の覚え書きを取り交わした。以後、アウンがハリリの政治的ライバルとなった。

レバノンでは宗派対立を避けるため、大統領(議会が選出)はキリスト教マロン派、首相(大統領が指名)はスンニ派、議会議長はシーア派の代表が務めるのが慣例になっている。ハリリは09年11月から11年6月まで首相を務めた後、返り咲きのチャンスを狙っていた。3派間の交渉と調整が長引き、大統領空席の異常事態が29カ月間続いたが、16年10月アウンが大統領に選出され、12月にハリリを首相に指名した。一方、シーア派組織アマルの指導者ナビ・ベリは92年以降、議会議長の座に居座ってきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中