中絶規制をプーチンに迫るロシアの宗教右派
ロシアでは早くから中絶が合法化されていた。社会主義政権樹立後まもない1920年、男女平等の旗を掲げて世界で初めて合法化に踏み切って以来、スターリン政権下で禁止された36年以降の20年間を除いて、この制度は世論に支持されてきた。
しかし現状には問題もある。多くのロシア女性は、避妊の唯一の手段として中絶を利用している。政府の統計では中絶手術を受ける女性は14年で年間約93万人。これでも減ったほうで、95年にはこの3倍。ソ連時代の65年には今の6倍で、中絶件数が新生児の出生数の3倍近くに上った。
欧米諸国と比べると、ロシアの中絶率は今でも極端に高い。新生児の出生数1000人に対して中絶件数は480件前後だが、アメリカでは200件前後。ドイツでは約135件だ。
中絶を禁止すれば出生数が増えるとは限らないが、ロシアでは少子化が深刻な問題であることは確かだ。欧米の制裁で経済が低迷するなか、死亡率は高く、合計特殊出生率(1人の女性が一生のうちに産む子供の平均数)は伸び悩んでいる。
現在の人口は1億4400万人だが、今世紀半ばには25%程度減るとの予測もある。ロシア連邦統計局によると、今年7月末までの出生数は昨年同時期と比べ1万7000人少ないという。
ロシア政府は07年から、第2子出産時に支給される7500ドル相当の出産手当などの少子化対策を実施してきた。ドミトリー・メドベージェフ首相は大統領を務めていた10年、ロシアが誇る劇作家のアントン・チェーホフも宇宙飛行士のユーリ・ガガーリンも第3子であり、第3子は国の宝だと演説。第3子の出産には無償で土地を与えるなどの優遇措置を導入した。
その一方でプーチン政権は、女性と性的少数者の権利を踏みにじる政策をためらわずに導入してきた。中絶論争の高まりは、女性の権利を制限する動きと同時進行している。
プーチンは13年、「同性愛の宣伝」を禁止する法案に署名した。欧州人権裁判所は今年6月、これを差別的な法律と判断し、罰金刑を受けた人に損害賠償するようロシア政府に命じた。
プーチンが今年2月に署名した家庭内暴力に対する刑罰を軽減する改定法案も、通称「平手打ち法」と呼ばれ、妻への夫の暴力を容認する法律として人権擁護団体の批判を浴びている。