最新記事

ロシア社会

中絶規制をプーチンに迫るロシアの宗教右派

2017年11月1日(水)11時40分
エイミー・フェリスロットマン

ソチの英才教育センターで子供たちと交流するプーチン(昨年5月) Ria Novosti-REUTERS

<少子化対策を旗印に宗教右派が中絶反対を提唱、大国復活を目指すプーチンに規制を迫る>

9月のある風の強い日、ロシアの首都モスクワで風変わりな抗議行動が繰り広げられた。ロシア正教会系の活動家グループ「命のために」が市内の公園の一角に2000足の子供靴を並べて、人工妊娠中絶の禁止を呼び掛けたのだ。

主催者側によると、モスクワで実施される中絶手術は1日に2000件。同数の靴を並べたのは、「命を断たれた子供たちだって学校に行きたかった」と訴えるためだ。

そばに広げられた横断幕にはウラジーミル・プーチン大統領の言葉が書かれていた。「少子化対策は死活問題だ。ロシアが存続するか、消滅するかがそこに懸かっている」

中絶反対の抗議行動は、ここ数カ月間にロシアの40都市で展開されている。「中絶を禁止しなければ人口は増えない。人口が増えなければロシアの偉大な力は失われる」。「命のために」モスクワ支部のマリア・シテュデニキナはそう訴える。

ロシアでは今、宗教的な保守派を中心として中絶反対の声が高まっている。折しもプーチンはシリア内戦への介入に続き、朝鮮半島危機の打開でも主導権を取ろうと機会をうかがっている。中絶反対派はその野望に訴えようと、ロシアが大国であり続けるには「胎児殺し」は許されないと主張する。

プーチンはロシア正教会との連携を強めているが、中絶規制の強化についてはまだ考えを明らかにしていない。だが宗教右派に押されて、何らかの対応を取るのは時間の問題のようだ。

「命のために」は8月、中絶禁止を求める請願書に100万人の署名を集めたと発表した。プーチンと親しい関係にあるロシア正教会のキリル総主教も署名した1人だ。請願書は連邦下院に提出され、過半数の支持を得れば(その公算が大だ)、上院に提出されて、最終的には大統領府に提出されることになる。

ロシアではこれまで中絶手術は無料だった。だが中絶反対派は母体が危険にさらされない限り、中絶を医療保険の対象から外す法案を作成。目下、議会の委員会がこの法案を審査中だ。

突出するロシアの中絶率

プーチンがこの問題で発言を控えている理由の1つは、規制を強化すればヤミの中絶手術が横行する懸念があるからだ。ロシア保健省は不適切な措置による合併症の増加などで、国の負担する医療費が増加する可能性があると指摘している。

プーチンは世論の動向も気にしているはずだ。ロシア世論・市場調査センターの1年前の調査では、ロシア人の72%が中絶禁止に反対している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中