最新記事

中国経済

中国崩壊本の崩壊カウントダウン

2017年10月27日(金)17時30分
高口康太(ジャーナリスト)

あと一歩で「反中本」作家に

中国崩壊本に優れた内容が隠れているケースもある。その好例が在米中国人ジャーナリスト陳破空(チェン・ポーコン)の『赤い中国消滅~張子の虎の内幕~』(扶桑社)だろう。これぞ崩壊本というタイトルだが、同書の前半は著者が89年の民主化学生運動に参加し、弾圧されて亡命するまでの半生を描いた自伝。香港経由での国外逃亡ルートの実態をはじめ、亡命を勧めた公安当局者の話など知られていない内容が盛りだくさんだ。後半は現代中国の分析だが、「消滅」をあおるような記述はない。

ハイレベルで学術的な「中国崩壊」論争も存在する。東京大学社会科学研究所の丸川知雄教授と神戸大学の梶谷は共著『超大国・中国のゆくえ4 経済大国化の軋みとインパクト』(東京大学出版会)の中で、元経済産業省官僚の津上俊哉が書いた『中国台頭の終焉』(日本経済新聞出版社)を批判した。

津上は中国経済の専門家で、安易な崩壊論に与する筆者ではない。丸川と梶谷も津上の分析力を認めつつ、「中国の潜在成長率の積算根拠」「投資過剰による成長行き詰まりがもたらすマイナス要素の大きさ」「人口予測の妥当性」といった、一般読者には理解が難しい専門的な部分に議論を集中して津上の「崩壊論」を批判した。

津上と梶谷はその後もブログで議論を続けたが、一連のやりとりで明らかになったのは中国経済予測の困難さだ。知識が豊富な専門家でも、公式統計や報道が未成熟で、かつ急激に成長と変化を続ける中国経済の正確な予測は難しい。また、専門的な議論は一般読者にはとっつきにくい。その隙間にうまく入り込んだのが、手軽に制作できて読みやすい崩壊本なのだろう。

私はこれまで中国崩壊本は書いたことがない。しかし、共著本の題名を『なぜ中国人は愚民なのか』に変えられ、反中本作家の仲間入りする寸前の経験をしたことはある。

「中国を知りたい」という一般読者がこうした崩壊本を手に取れる状況が続けば、中国に対する正確な理解や分析はいつまでたっても日本社会に広がらない。最近は崩壊本の売れ行きが低迷するなか、過大評価と過小評価のどちらにも振れない客観的な本が出版されるようになってきたが、まだその動きは心もとない。

中国本の売れ筋が変われば、日本の対中認識も変わる。正確な中国認識は日本の「国益」にほかならない。この転換が実現できるのか。書き手と出版社、そして読者も試されている。

<本誌10月24日号特集「中国予測はなぜ間違うのか」から転載>

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ政権のはしか流行対応に懸念=ロイター/イプ

ビジネス

投資家のドル資産圧縮は中立への修正、ドル離れでない

ビジネス

独連銀総裁、準備通貨として米ドルの役割強調 ユーロ

ビジネス

三井住友FG、今期純利益1.3兆円の予想 関税影響
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 4
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 7
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 8
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 9
    加齢による「筋肉量の減少」をどう防ぐのか?...最新…
  • 10
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中