最新記事

プーチンの新帝国

この男、プーチン大統領が「中東の盟主」になる日

2017年8月22日(火)18時45分
オーエン・マシューズ(元モスクワ支局長)、ジャック・ムーア、デイミアン・シャルコフ

SASHA MORDOVETS/GETTY IMAGES


20170829cover_150.jpg<ニューズウィーク日本版8月22日発売号(2017年8月29日号)は「プーチンの新帝国」特集。中東から欧州、北極まで、壮大な野心を露わにし始めたロシアの新たな「皇帝」の野心と本心、世界戦略に迫った。本記事は、特集の1記事「プーチンが中東の盟主になる日」を一部抜粋・転載したもの>

冬の地中海に浮かぶ1隻の空母。儀礼兵が居並ぶなか甲板に姿を現したのは、リビア東部を実効支配する民兵組織「リビア国民軍」のハリファ・ハフタル将軍だ。6年前、独裁者ムアマル・カダフィの政権打倒で大きな役割を果たしたハフタルは、アメリカの市民権を持ち、彼が率いるリビア国民軍もアメリカの支援を受けていた。

今年1月、厳重な警備の中、ハフタルはテレビ会議の準備が整った部屋に案内された。会議のテーマは、内戦状態のリビアをどうまとめるか。ただし協議相手は、国連が支援するトリポリ政権でも、ドナルド・トランプ米大統領でも、最近停戦仲介に成功したフランスのエマニュエル・マクロン大統領でもない。ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相。その空母は、ロシア黒海艦隊のアドミラル・クズネツォフ号だ。

ロシアが再び中東のパワープレーヤーとして台頭しつつある。ここ1年だけでも、シリア内戦の流れを変え、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領と親密な関係を築き、エジプトとサウジアラビア、さらにはイスラエルといった伝統的なアメリカの同盟国に食い込んだ。中東諸国の首脳がモスクワを訪問することも増えた。

アメリカは長年、世界に民主主義を広めようと努力してきたが、中東に限って言えば、逆効果を招いたケースも少なくない。「アラブの春」はチュニジア以外では長続きしなかったし、リビアとイエメンへの軍事介入は破綻国家を生んだ。シリアで反政府勢力を支援したことは内戦の長期化をもたらし、テロ組織ISIS(自称イスラム国)の勢力拡張を招いた。

中東和平もこれまでになく遠のいている。イランとの歴史的な核合意は、バラク・オバマ前米大統領の8年間の任期で、唯一成功した中東政策と言えるだろう。「オバマの中東政策は全面的に失敗だった」と、ロシア下院外交委員会のレオニード・スルツキー委員長は言う。「(アメリカが)無力で、何の結果も出せなかったことは明白だ」

民主主義を広めるどころか、オバマ政権とトランプ政権の下でアメリカは、「よその国の厄介事には関わらない」姿勢を強めてきた。ロシアはそこにチャンスを見いだしている。

ロシアにとって、中東での影響力拡大はいいことだらけだ。中東から地中海地域にまで政治的・軍事的影響力を行使できるようになるし、それは経済制裁などをめぐって欧米諸国と交渉するとき取引材料になる。「何より重要なのは、ロシアが戦略的影響力を取り戻すことだ」と、オレグ・モロゾフ上院議員は言う。

だが、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領にとっては、もっと重要な狙いがある可能性がある。イスラム過激派の流入阻止だ。プーチンはこれまでにも、北カフカス地方のイスラム武装組織の活動に手を焼いてきた。そんななか15年9月、ISISに参加するロシア人は2500人以上との報告が発表された。これを受けプーチンは、ロシアの安全保障のためには、シリアでバシャル・アサド大統領の体制を存続させる必要があると判断したようだ。

【参考記事】プーチンはシリアのISISを掃討するか──国内に過激派を抱えるジレンマ

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中