最新記事

プーチンの新帝国

この男、プーチン大統領が「中東の盟主」になる日

2017年8月22日(火)18時45分
オーエン・マシューズ(元モスクワ支局長)、ジャック・ムーア、デイミアン・シャルコフ

「(ロシアにとって)シリアで最も重要なのは、ISISに加わったロシア人が、ロシアに戻ってこないようにすることだ」と、ビャチェスラフ・ニコノフ下院議員は語る。「中東への介入は、ロシアの安全保障の問題だ」プーチンの決断は大成功を収めた。

今やシリアの陸にも空にもロシア軍が展開し、リビア沖にはロシアの軍艦がうろつき、トリポリからダマスカスまでロシアに友好的な指導者が権力を握る。トランプはISIS討伐を公約に掲げて米大統領に選ばれたが、プーチンの反応を意識せずにその戦略を練ることはできなくなった。

【参考記事】遅刻魔プーチンの本当の「思惑」とは

ソ連時代の影響力を取り戻せ

そもそもソ連が中東に影響力を持つようになったのは、アラブ社会主義と大きく関係している。これはソ連が掲げたプロレタリア革命とは異なり、旧宗主国(いわゆる西側諸国)の影響力排除を目指すアラブ民族主義ゆえだったが、エジプトのガマル・アブデル・ナセル大統領の登場が、ソ連に中東進出の大きなチャンスをもたらした。

ナセルは1956年、エジプトの経済開発のためにスエズ運河の国有化を宣言。これを機に、歴史的宗主国であるイギリスとフランスの影響力が大幅に弱まると、ソ連の武器と資金が流れ込むようになった。ソ連の技師たちはナイル川上流にアスワンハイダムを建設し、バース党(アラブ民族主義政党)が権力を握ったシリアとイラクで近代的な都市を建設した。

この時期、アラブ諸国の政府高官や医師らエリート層は、こぞってモスクワに留学した。ハフタルもその1人だ。一方、ソ連の秘密警察KGBの幹部は、リビアやエジプト、イラク、シリアで似たような治安組織の設立を助けた。

これを見たアメリカは、中東で共産主義のドミノ現象が起きることを恐れ、各国に莫大な資金援助をするようになった。特にイスラエル、サウジアラビア、エジプトには、大規模な軍事援助を行った。トルコは1952年のNATO加盟後、米軍の航空機や戦艦、さらにはジュピター中距離ミサイルの配備を受け入れた(ジュピター配備はキューバ危機のきっかけとなった)。

91年のソ連崩壊後もしばらくは、ソ連と友好的だった中東の指導者たちは、反米的な姿勢を維持した。だが、やがて1人また1人と権力の座を追われていった。イラクのバース党指導者だったサダム・フセインはその第1号と言えるだろう。

11年のアラブの春は、ロシアに直接の関係はなかったが、連鎖反応的にウクライナ、ジョージア(グルジア)といった旧ソ連諸国で親ロ政権が崩壊、11年末にはモスクワでも10万人規模の反政府デモが起きた。これを見たプーチンは、アラブの春からの一連の流れは、米政府主導の陰謀だと考えた。彼の目には、「(カイロの)タハリール広場と(キエフの)独立広場はどちらも、自分をおとしめる陰謀」に見えたと、モスクワ駐在のある欧米諸国の外交官は言う。「私たちは被害妄想だと笑い飛ばしたが、彼らは本気だった」

【参考記事】ロシアは何故シリアを擁護するのか
【参考記事】北方領土交渉の「新アプローチ」は幻に

※「プーチンの新帝国」特集号はこちらからお買い求めいただけます。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

COP29、会期延長 途上国支援案で合意できず

ビジネス

米債務持続性、金融安定への最大リスク インフレ懸念

ビジネス

米国株式市場=続伸、堅調な経済指標受け ギャップが

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米景気好調で ビットコイン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 7
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中