最新記事

シリア情勢

米国はシリアでイスラーム国に代わる新たな「厄介者」に

2017年6月28日(水)17時20分
青山弘之(東京外国語大学教授)

だが、米国の「暴挙」は奏功しなかった。シリア軍と「外国人シーア派民兵」は10日、タンフ国境通行所とザクフ地区を迂回して国境に到達し、米軍や「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室の進路を絶った。また18日には、イラン革命防衛隊の支援を受けるイラクの人民動員(ハシュド・シャアビー)隊がイラク軍とともに国境に到達し、シリア軍と「外国人シーア派民兵」と対面、両国を結ぶ街道が再開した。さらに、シリア軍と「外国人シーア派民兵」は、国境沿いをユーフラテス川流域に向けて進軍、戦略的要衝T2(第2石油輸送ステーション)から12キロの地点にまで到達した。

国境に近いユーフラテス川流域のイスラーム国拠点に対する空爆は、シリア政府の支配下にとどまるダイル・ザウル市一帯を除くと、有志連合が行ってきた。だが、この地域にもっとも接近している地上部隊は今やシリア軍とその同盟者で、有志連合の空爆は彼らの利するところなってしまったのである。

シリア北部でも見られた米国の「暴挙」

米国の「暴挙」はシリア北部でも見られた。6月18日、ラッカ市南西部に位置する交通の要衝ラサーファ交差点一帯でイスラーム国と戦う地上部隊を航空支援していたシリア軍戦闘機を米軍戦闘機が撃墜したのだ。

西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)人民防衛部隊(YPG)主体のシリア民主軍と有志連合がラッカ市解放に向けて戦力を集中させるなか、シリア軍は、ロシア軍とヒズブッラーの精鋭部隊の支援を受け、ユーフラテス川西岸を南下し、6月4日にアレッポ県東部のイスラーム国最後の拠点マスカナ市を陥落させ、また8日にはラッカ県内に進軍し、イスラーム国の支配下にあった村・農場を次々と制圧していった。同時に、タドムル市(ヒムス県)とダイル・ザウル市を結ぶ幹線道路に沿って東進し、スフナ市(ヒムス県)に迫った。

こうした軍事攻勢は、ラッカ市とイスリヤー村(ハマー県)、ラッカ市とスフナ市、そしてスフナ市とタドムル市を結ぶ幹線道路を掌握することで、ロジャヴァのイニシアチブのもとに自治が行われるだろうラッカ市とシリア政府支配地域を結びつける交通網を確保しつつ、ロジャヴァとイスラーム国の支配地域を物理的に引き離すことが狙いだ。シリアでの有志連合の戦いを地上で支え得る唯一の「協力部隊」(partner forces)であるシリア民主軍の活動を小規模の町・村しかないユーフラテス川左岸に限定できれば、アサド政権は、ダイル・ザウル市、マヤーディーン市、ブーカマール市など、右岸に集中するイスラーム国拠点への最終決戦の主導権を握ることができる。

米国の危機感と焦りを表すシリア軍戦闘機撃墜

イスラーム国のアブー・バクル・バグダーディー指導者を空爆によって殺害していたとする6月16日のロシア国防省の発表は、こうしたシナリオに現実味を与えるもので、米軍戦闘機によるシリア軍戦闘機撃墜は、「テロとの戦い」の周縁に追いやられることへの米国の危機感と焦りを表すものだと解釈できる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏消費者信頼感指数、11月はマイナス13.7

ワールド

ロシアのミサイル「ICBMでない」と西側当局者、情

ワールド

トルコ中銀、主要金利50%に据え置き 12月の利下

ワールド

レバノン、停戦案修正を要求 イスラエルの即時撤退と
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中