最新記事

シリア情勢

米国はシリアでイスラーム国に代わる新たな「厄介者」に

2017年6月28日(水)17時20分
青山弘之(東京外国語大学教授)

ラッカ市で、有志連合による空爆を眺めるクルド兵 Goran Tomasevic-REUTERS

<トランプ政権の対シリア政策は、「ポスト・イスラーム国」段階を迎えようとしているシリアで、米国をイスラーム国に代わる新たな「厄介者」と追い落とす「失策」なのかもしれない>

イラクのモスル市とシリアのラッカ市の解放が最終段階に入ろうとしているなか、イスラーム国との戦いの最前線で米国の「暴挙」が目につく。この「暴挙」は、ラッカ市での勝利が約束されているはずの米国が、シリアでの「テロとの戦い」を主導できなくなることへの危機感の表れと捉えられるかもしれない。

「暴挙」とは、ラッカ市一帯に対する有志連合の「非道」な空爆のことではない。英国を拠点とする反体制組織のシリア人権監視団によると、米国主導の有志連合が2017年4月23日から6月23日にかけてシリアで行った空爆で、民間人697人が死亡したという。有志連合が空爆を開始した2014年半ば以降、犠牲となった民間人は1,954人にのぼるとされるが、その36%がこの2ヶ月に集中していることになる。

だが、有志連合の「非道」は今に始まったことではない。米中央軍(CENTCOM)報道官が2月に発表した通り、有志連合は2015年11月に劣化ウラン弾約5,000発を投下したほか、最近では白リン弾使用も報告されている。こうした行為は、ロシアやバッシャール・アサド政権によるものだったとしたら、欧米や日本のメディアで厳しい非難を浴びていただろう。

シリア軍への攻撃を頻発させる米軍の「暴挙」

「暴挙」とは、シリア軍やいわゆる「外国人シーア派民兵」に対して米国が攻撃の頻発していることを意味している。その起点となっているのは、米軍の支援を受けた「新シリア軍」による2016年3月のタンフ国境通行所(ヒムス県)の掌握だ。イスラーム国を掃討した米軍は、一方でイスラーム国のヨルダンへの浸透を抑止するため、他方でイスラーム国の「牙城」であるシリア・イラク国境のユーフラテス川流域一帯(具体的にはシリア側のマヤーディーン市、ブーカマール市、イラク側のカーイム市など)への進軍を見据えて、同地を拠点化した。

しかし、シリア軍と「外国人シーア派民兵」がこれに立ちはだかった。「外国人シーア派民兵」とは、イラン革命防衛隊が支援するイラク人からなるヌジャバー運動、アフガン人(ハザラ人)からなるファーティミーユーン旅団、そしてレバノンのヒズブッラーの武装部隊などをさす。

彼らは2017年5月下旬、ズィラフ・ダム地区(ダマスカス郊外県)、ザルカ地区(ヒムス県)に進軍し、イスラーム国だけでなく、米軍の支援を受けて同地で勢力を伸張しようとしていた「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室を掃討し、タンフ国境通行所に迫った。

【参考記事】欧米で報道されない「シリア空爆」に、アメリカの思惑が見える

米国の「暴挙」は奏功しなかった

これに対して、米軍は「自衛権」を発動するとして、6月6日にシリア軍と「外国人シーア派民兵」の車列や拠点を空爆、8日と20日にも「外国人シーア派民兵」が使用する無人航空機を撃墜し、同地に接近しないよう警告した。また「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室に所属する革命特殊任務軍は7日、タンフ国境通行所の北東約70キロの距離にあるザクフ地区(ヒムス県)に進軍し、シリア軍と「外国人シーア派民兵」を牽制した。加えて、有志連合の支援を受けるイラクの部族動員(ハシュド・アシャーイリー)隊がイラク軍とともにタンフ国境通行所に面するイラク領側のワリード国境通行所一帯を掌握し、防御を固めた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏側近、大半の輸入品に20%程度の関税案 

ワールド

米、中国・香港高官に制裁 「国境越えた弾圧」に関与

ビジネス

英インフレ期待上昇を懸念、現時点では安定=グリーン

ビジネス

アングル:トランプ政権による貿易戦争、関係業界の打
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中