謎の大富豪が「裸の美術館」をタスマニアに造った理由
ウォルシュは多くの点で型破りだが、一点だけ、いたって正常な要素があり、それは健全な精神の持ち主の誰にも共通している。ある意味、私たちは誰でも何かを創造したら、それに基づいて他人が行動してくれるよう願う。こちらから提供されたものを読み、聴き、好きになり、購入し、他人に推薦してくれることを望む。要するに他人の選択に影響をおよぼしたいと考える。しかし、今日の社会は競争が激しく複雑で、様々な雑音が耳に入って来る。そんな時代に、どうすれば自分の有利になる行動を相手から引き出せるのだろうか。
相手の行動を促すためには、これまで見過ごされてきた変数を利用すればよい。その変数とは、記憶である。
上記は、『人は記憶で動く――相手に覚えさえ、思い出させ、行動させるための「キュー」の出し方』(カーメン・サイモン著、小坂恵理訳、CCCメディアハウス)の第1章からの抜粋。
カジノで大儲けしたウォルシュは、美術品の収集にのめり込み、ほどなくして自宅が美術品であふれ返る。ある日、高価な作品のひとつを飼い猫が壊してしまい、それでウォルシュは膨大なコレクションを開放すべきだと考えるようになった。最初に平凡な美術館を建てたが、「どうすればみんなが来館してくれるだろう」「どんなものが記憶に残るだろう」などと考え、その後、この型破りなMONAをオープンすることになったのだ。
人の行動の9割は記憶に基づくという。しかし、記憶は時間の経過とともに失われるもの。そこで、忘れられない記憶を人に植え付け、人を動かすにはどうしたらいいか、その方法を認知科学者のカーメン・サイモンがまとめたのが本書だ。
MONAでは、「記憶に関するあらゆる取り組みにおいて、来館者の条件反射と習慣と目標が考慮されている」とサイモンは書く。その結果、来館者がひとつの作品の前で鑑賞する時間は平均の6倍以上、美術館での滞在時間が5時間に及ぶケースも多く、30%は翌日もやって来るという美術館になった。対して、アメリカの100の美術展の平均滞在時間は20分である。
ビジネスにおいても、いかに顧客に自社の商品やサービスを記憶してもらい、消費行動を取ってもらうかが重要だ。本書ではAdobe、AT&T、マクドナルド、ゼロックスなどの大企業を顧客に持つ著者が、脳科学に基づく実践的なテクニックを紹介している。
【参考記事】脳科学でマーケティングは進化する
このシリーズでは本書から一部を抜粋し、4回に分けて転載する。次回は、記憶に影響を及ぼす15の変数を取り上げる。
※第2回:顧客に記憶させ、消費行動を取らせるための15の変数
『人は記憶で動く――相手に覚えさえ、思い出させ、
行動させるための「キュー」の出し方』
カーメン・サイモン 著
小坂恵理 訳
CCCメディアハウス
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