この赤い丸がグラフィック・デザインの力、と原研哉は言う
緑地に赤い風船のインパクトの強い表紙を開くと、白地に細い黒線と赤い色面の絵が流れるように展開する。イエラ・マリ作『あかいふうせん』を取り上げた『Pen Books 名作の100年 グラフィックの天才たち。』のページ
<グラフィック・デザインとは何か。デザイン界の第一人者、原研哉に聞いた>
デザインとは何か? グラフィック・デザインとは何か? そう聞かれてすぐに答えられる人はあまり多くないだろう。
しかし今日、デザインの重要性は格段に増している。グラフィック・デザインとは何で、どのような役割を担っているのか。表現手段が多様化する今だからこそ、1枚の平面の"伝える力"について、知っておいて損はない。
デザイン界の第一人者である原 研哉氏によれば、グラフィック・デザインの特徴は「静止していること」。現実の世界は何もかもが動いているが、それを静止させて、人とビジュアルコミュニケーションを取るためのものだという。
『Pen BOOKS 名作の100年 グラフィックの天才たち。』(ペン編集部・編、CCCメディアハウス)の中で原氏は、「簡潔」「タイポグラフィ」「写真」という3つの面からグラフィック・デザインの魅力を語っている。例えば「簡潔」については、日の丸の国旗や『あかいふうせん』という絵本を題材に「単純化された図像の多義性」について説明する、といった具合だ。
原 研哉氏の「グラフィック論」に加え、大阪芸術大学・三木 健教授の人気講義「APPLE」、そして何より、20世紀の巨匠から現在活躍中のクリエイターまで、知っておくべき天才たちの思想と作品を紹介した本書から、一部を抜粋し、4回に分けて転載する。
第1回は「デザイン界の第一人者、原 研哉に聞く、グラフィックの力と使命。」より、「簡潔」についての原氏の寄稿を抜粋する。
簡潔だからこそ、見る者が思いを乗せられるんです。
世の中にはいろいろな形のデザインが存在しますが、中でもグラフィック・デザインの特徴を挙げるとすれば、それは「静止している」こと。現実の世界というのは、何もかもが動いています。それを静止させて、人とビジュアルコミュニケーションをとる、そこにエネルギーを使っているのがグラフィック・デザイナーなのだと思います。
グラフィックがどうやって人の注目を集め、感動に導くかを私もずっと考え続けています。その中でも私が学生時代から心を動かされ続けているいくつかの作品を紹介しながら、「簡潔」「タイポグラフィ」「写真」という3つの面でグラフィック・デザインの魅力についてお話しします。
「簡潔」。これは、私が考えるグラフィックの根底に流れている精神のひとつであり、「エンプティネス」という言葉を用いて説明しているものでもあります。「空っぽ」ということなんですが、それは「無」ではなくて見る人や時代によって、それぞれの意味が盛り込まれるということです。
極端な例でいえば「日の丸」の国旗。あれはグラフィック・デザインの典型的なものといえるでしょう。白地に赤い円が描かれているだけで、時にそれは国家を指し、太陽を指し、戦争などで用いられる時には血のイメージとなる。現代の私たちが見たら、平和の象徴と見えるかもしれない。しかし、図像そのものには意味なんてありません。静止した簡素簡潔で抽象化された図像の上には、いろんな人の思いを乗せることができる。それが、シンボルマークがもつ原初的な力なのだと思います。