最新記事

シリア情勢

シリアで起きていることは、ますます勧善懲悪で説明できない

2017年2月1日(水)18時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

反体制派が生活インフラを盾とし、「市民」団体が戦闘継続を主唱した

加えて、トルコはシャーム・ファトフ戦線が停戦対象から除外されたことを不服とする反体制派に「強い圧力」をかけて、カザフスタンの首都アスタナで開催された和平協議(アスタナ会議、1月23〜24日)に彼らを参加させた。トルコの要請に応じず、バラダー渓谷での戦闘継続を主唱した主要な組織は、シャーム自由人イスラーム運動、そしてホワイト・ヘルメット(民間防衛隊)を筆頭とする「市民」団体だけだった。

このうち「市民」団体の言動は異彩を放った。彼らは、停戦が発効した12月30日の声明で、国際社会がアイン・フィージャ町へのシリア軍の攻撃を停止させれば、「復旧作業チームを受け入れるために行動する」と発表し、水道施設を政治的・軍事的な「盾」として利用する構えを示した。また、1月15日の声明では、アスタナ会議への参加の準備をめざす反体制派に停戦を破棄するよう呼びかけた。

aoyama0201a.jpg

aoyama0201b.jpg

バラダー渓谷の戦いは、1月19日にドイツ大使館の仲介により、シリア政府と地元の反体制派が、1. シリア政府が水道施設修復のための作業チームをアイン・フィージャ町に派遣する、2. バラダー渓谷への残留を希望する戦闘員は武器を棄てて当局に投降すること、3. 投降を拒否する戦闘員とその家族は6ヶ月以内にイドリブ県方面に退去すること、を骨子とする停戦に最終合意し、同月28日にこの合意が履行されることで幕を閉じた。

欧米諸国や日本のメディアでほとんど注目を浴びなかったこの戦いは、反体制派が生活インフラを盾としてあからさまに利用した点、「市民」団体が戦闘継続を主唱した点、そしてシリア軍の反体制派に対する軍事行動が「テロとの戦い」として容認された点など、あらゆる点でシリア内戦をめぐる勧善懲悪では説明不能だった。

任期終了間近のオバマ政権が助長した反体制派の離合集散

反体制派の離合集散は、任期終了を間近に控えたバラク・オバマ米政権がシャーム・ファトフ戦線に対する空爆を頻発化させたことでさらに助長された。

米軍の空爆は、シャーム・ファトフ戦線の幹部が乗った車輌や拠点をピンポイントで狙った正確なもので、1月19日には、アレッポ県北部のシャイフ・スライマーン村の基地を破壊、戦闘40人以上を殲滅した。しかし、こうしためざましい戦果は、シャーム・ファトフ戦線と共闘してきた「穏健な反体制派」が索敵情報を提供しているのではとの疑念を抱かせた。

1月21日、シャーム・ファトフ戦線が、イドリブ県北部のザーウィヤ山地方一帯のシャーム自由人イスラーム運動の拠点を襲撃すると、この疑念は戦闘へと発展した。国境管理の利権争いに端を発していたとされるこの襲撃の中核を担ったのは旧ジュンド・アクサー機構だった。彼らは2016年9月、米国務省によって特別指定グローバル・テロ組織(SDGT)の指定を受けたのち、2016年10月にシャーム自由人イスラーム運動との対立を理由にシャーム・ファトフ戦線に吸収統合されていた。

シャーム自由人イスラーム運動との対立を再燃させた旧ジュンド・アクサー機構に対し、シャーム・ファトフ戦線は破門を言い渡すことで事態収拾を計った。だが、戦闘は止まず、シャーム自由人イスラーム運動は1月22日、アスタナ会議に参加したイスラーム軍、ムジャーヒディーン軍、「命じられるまま正しく進め」連合(シャーム戦線所属組織)と合同作戦司令室を設置し、旧ジュンド・アクサー機構の掃討に本腰を入れた。

【参考記事】アレッポ攻防戦後のシリア紛争

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、機密文書持ち出し巡る裁判も終結 控訴取

ワールド

米通商代表にグリア氏指名、トランプ氏発表 元UST

ワールド

中国国営メディア、トランプ氏の関税案を非難 薬物問

ビジネス

孫ソフトバンクG会長、インド首相と会談へ=関係筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳からでも間に合う【最新研究】
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 4
    放置竹林から建材へ──竹が拓く新しい建築の可能性...…
  • 5
    「健康食材」サーモンがさほど健康的ではない可能性.…
  • 6
    こんなアナーキーな都市は中国にしかないと断言でき…
  • 7
    早送りしても手がピクリとも動かない!? ── 新型ミサ…
  • 8
    トランプ関税より怖い中国の過剰生産問題
  • 9
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 10
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 8
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中