最新記事

シリア情勢

シリアで起きていることは、ますます勧善懲悪で説明できない

2017年2月1日(水)18時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

バラダー渓谷から避難した反体制派兵士と民間人 Ammar Abdullah-REUTERS

<ロシアとトルコの仲介によって停戦合意が発効し、アスタナで和平協議も行われたシリア内戦は、「正当な反体制派」と「テロ組織」が離合集散し、ますます勧善懲悪で説明できない状況となっている>

アレッポ市東部から反体制派が敗走し、同地がシリア政府の支配下に復帰して以降のシリアでは、勧善懲悪で説明できない事象がこれまで以上に目に付くようになっている。2016年12月下旬に始まったダマスカス郊外県バラダー渓谷でのシリア軍と反体制派の戦いと、17年1月下旬のシリア北西部での反体制派の再編がその典型だ。

首都ダマスカスの水源をめぐるバラダー渓谷の戦い

バラダー渓谷の戦いは、首都ダマスカスで使用される水道水の70%あまりを供給してきたアイン・フィージャ町(ダマスカス郊外県)の水道施設が12月22日に突如として稼働停止となったことが発端だった。その理由について、シリア政府側は、反体制派が汚染物質(灯油)を貯水槽や水路に流し込んだために水門を閉鎖したが、その後の戦闘で反体制派によって施設を占拠、破壊されたと主張した。対する反体制派は、バラダー渓谷に対するシリア軍の攻撃によって施設が破壊されたと反論した。

真相は闇のなかだ。だが、事実として確認し得るのは、水源奪還をめざすシリア軍や親政権武装勢力(ヒズブッラーなど)が攻勢をかけるなか、施設を占拠する反体制派が復旧作業チーム受け入れの条件として、シリア軍の攻撃停止を要求したということだ。そして、その結果、バラダー渓谷の住民が戦火に巻き込まれただけでなく、首都ダマスカスで暮らす住民約550万人が深刻な水不足に見舞われたのだ。

ロシアとトルコの仲介により発効した停戦合意...

バラダー渓谷での戦闘は、非アル=カーイダ系のイスラーム過激派であるイスラーム軍やシャーム軍団、「穏健な反体制派」と目されるシャーム革命家大隊、ムジャーヒディーン軍、イドリブ軍、シャーム戦線が、シリア政府との停戦に応じる流れに逆行するかたちで激しさを増した。

12月30日、ロシアとトルコの仲介により発効した停戦合意は、その文言においては2016年2月末に米国とロシアが交わした停戦合意と大差なかった。すなわち、その基本方針は、1. イスラーム国とアル=カーイダ系のシャーム・ファトフ戦線(旧シャームの民のヌスラ戦線)を停戦対象から除外し、これらに対する「テロとの戦い」を是認すること、2. 停戦を受諾した反体制派とシリア政府が政治移行プロセスに向けた協議を行うことにあった。だが、停戦の保証国となったロシアとトルコは、その適用においてこれまで以上に踏み込んだ妥協を行った。

この妥協の内容を如実に見て取ることができたのが、ほかならぬバラダー渓谷の戦いだった。シリア軍はバラダー渓谷の反体制派を「テロ組織」と断じて攻撃を続けた。こうした手法は、それ以前であれば、「穏健な反体制派」や「一般市民」に対する「無差別攻撃」との非難を浴びるのが常だった。だが、今回は、反体制派最大の支援国であるトルコが、ロシアに同調してシリア軍の攻撃を停戦違反とはみなさないとの姿勢をとり、政権移行期の米国も沈黙を続けた。

なお、バラダー渓谷の反体制派が、シャーム・ファトフ戦線に主導されていたことは、反体制系のNGO組織であるシリア人権監視団の日々の戦況報告からも容易に確認でき、その意味で、トルコ、そして米国は、シリア政府に与してこの事実を認めたかたちとなった。
【参考記事】ロシア・シリア軍の「蛮行」、アメリカの「奇行」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ドバイ国際空港、2024年の利用者は過去最多の92

ワールド

民間機近くの軍用ヘリ飛行を疑問視、米上院議員 空中

ワールド

ロシアの穀物輸出、EUの船舶制裁が圧迫 中銀が報告

ビジネス

大阪製鉄が自社株TOBを実施、親会社の日本製鉄が応
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中