トランプ政権が貿易不均衡でドイツに宣戦布告、狙いはEU潰しか
奇妙なのは、この説がヨーロッパよりも断然、イギリスとアメリカで主張されてきた点だ。もし経済力の独占がドイツの目的なら、他の欧州諸国のほうが先に陰謀を察知できたはずだ。また、もしこれが本当にドイツの戦略ならあまりに短絡的すぎる。近隣諸国を財政破綻に陥れるのは、ドイツが安定した経済的繁栄を築くうえで得策ではない。
ドイツ側から見た通貨統合の目的は、貿易取引を容易にするほか、異なる通貨間の為替変動で一方の国が有利になったという疑いを取り除くことだ。例えば1992~93年にかけてスペインとイタリアがEMSから脱退して通貨が下落すると、フランスの農家は即座に安い輸入ワインに対する保護を要求し始めた。
バラク・オバマを含め歴代の米政権は、ドイツの経常黒字の大きさに頭を悩ませてきた。もっとも、ドイツが貿易で儲けるよう為替を操作したと考えていたのではない。経常黒字で儲けたお金を国内の消費拡大に向けない間違った経済政策で世界経済全体の足を引っ張り、その結果さらに経常黒字が膨れ上がっている、と考えていた。
ドイツは世界の重石
米政府はこれを阻止しようと試みた。2010年に韓国のソウルで開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議で、アメリカは経常収支を国内総生産(GDP)比で4%以下に抑える数値目標を設定するよう提案したのだ。だが、同じく経常黒字が大きい中国の反発もあり、実現はしなかった。その結果、2016年のドイツの経常黒字は中国を抜き世界最大になった模様で、GDP比では中国を大幅に上回る。IMF(国際通貨基金)によれば、2017年の経常黒字は中国がGDPのわずか1.6%なのに対し、ドイツは8.1%になる見通しだ。
ナバロが「ユーロは過小評価されている」と批判するのは、通貨統合を掲げるEUが、実質的な「マルク安」を永遠に維持するために利用されていると見るからだ。
だがドイツ同様に輸出主導で巨額の貿易黒字を誇るスイスの例を見ると、話はそう単純ではない。2007年に世界金融危機が起きると、スイスフランはドルとユーロに対して暴騰した。スイス国立銀行(中央銀行)はフラン高を抑えるため為替上限や為替介入などあらゆる手を尽くしているが、いまだに巨額の経常黒字はなくならず、2017年はGDP比でドイツを上回る8.95%になる見通しだ。一方で観光や時計などスイス経済を牽引する主要産業は深刻な打撃を被っている。スイスの経常黒字は貯蓄超過の結果で、為替が貿易に有利だったからではないからだ。