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行動遺伝学

収入を決めるのは遺伝か親の七光りか:行動遺伝学者 安藤教授に聞く.2

2017年2月24日(金)16時30分
山路達也

遺伝でなく、環境で収入が決まるのはよいことか?

――ただ女性の場合、収入に対する遺伝の影響は、生涯にわたりほぼゼロということでした。

安藤:そうなんですよ。日本においては、男性のほとんどは就労しているので、遺伝的な影響が仕事そして収入に現れてきます。仮に、日本でも女性のほとんどが就労していれば、男性の場合と同じように収入に対する遺伝の影響が出てくるでしょう。この研究では、就労している女性とそうでない女性を区別していません。ただそうした違いまでふくめた女性全体を眺めたとき、何らかの才能があってもそれを収入を得るという形では発揮せず、あるいは「女だから」とみなされて発揮できず、例えば家庭を支えることを選択する女性が一定数いる、といったことを表していると考えられます。

――男女で遺伝的な能力差のようなものはあるのでしょうか?

安藤:男性は女性よりも数学的な能力に優れ、女性は男性よりも言語的な能力に優れているという傾向は見られます。

ところが、「女性は数学が苦手」というのは心理的な影響によるところが大きいようなんです。実際、数学に対する苦手意識を取り除く措置を執ることで、女性の数学の成績が上がったという研究もあります。どうやら、女性は数学が得意でも社会的に評価されない、あるいはそう思い込んで数学的な能力を抑圧しているようですね。

これは男女の平均値の違い、集団としての違いです。男女で、遺伝的素質の個人差が違って現れることを示した研究はまだありません。何か、ありそうな気はしますけどね。男性は会社組織を大きくするような野望を持つかどうかがものをいうのに対して、女性は製品やサービスにどれだけ心を込めた表現ができるかがものをいうとか。ん〜、でも結局、男も女も違わないのかな......。

――収入に対する遺伝の影響がゼロということは、その人が持って生まれた素質が活かされていない社会的な状況にあると考えていいのでしょうか?

安藤:そういうことが示唆されているような気がしますね。遺伝の話が嫌いな人は、遺伝の影響が少ないほど望ましいと考えがちなんですが、それは錯覚だと思います。遺伝ではなくて、生まれた家庭や偶然といった環境だけで個人差が決まってしまう状況がいいかといえば、そういうわけではないでしょう?

人類の歴史では、家柄やたまたま生まれ落ちた境遇で一生が決まることを理不尽とみなしてきました。本当の力を評価される機会さえ平等に与えられればだれでも平等になれると信じ、闘争や革命によって、機会の平等を勝ち取ろうとしてきたわけですから。しかしその「本当の力」に遺伝の差があることを過小評価しすぎていた。あるいは機会の平等化が遺伝の差を顕在化させ増幅させてしまった......。

――それでは、望ましい社会的な状況とは?

安藤:今のロジックが正しいとすれば、遺伝の差異が理不尽な社会的格差に結びつかない社会システムにしてゆくということでしょう。人によって、音楽が好きとか、頭を使うのが好きとか、体を動かすのが好きとか、いろいろな個人差があるのは当然です。そうした個人差はあっても、社会的に重要な指標については分散が小さい、つまり格差が少ない状態が望ましいとは言えるでしょう。

世間から光が当たらなくてもよい収入が得られる、あるいは収入は多少低くても、納得のいく生き方ができて、その生き方が周囲の人々から本当に愛されて、尊厳を持って生きていけるのならいいですが、収入も尊厳も得られない人、したくもないことをして最低限の収入すら得られない人だっているわけです。多くの人がしたくないと思っている日陰の仕事、誰でもできそうだからと思われて人に任せきっている「ありきたり」な仕事、そういうところで使われている能力、才能というものを、いかにしてそうでない「輝かしい」才能と同様に評価できるようにしていくか。それは社会が健全に育つために必要なことです。

もちろんそんなことには多くの人が気づいていることでしょう。だって多くの人がそういう状況にあるんだから。でもそれを社会全体として実現できないでいる。やはりなかなか難しいことです。適材適所で人が能力を発揮できる、そういう方向を目指し、不適在不適所に陥ってしまっている人たちが声を上げ、あるいは互いに声なき声に気づき、何かできる素質のある人たちが何かをすることによって、社会として調整を繰り返していくしかないのでしょう。教育も本来そのためになければならないんじゃないかと思います。

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