最新記事

アレッポ制圧

世界が放置したアサドの無差別殺戮、拷問、レイプ

2016年12月19日(月)20時00分
ルラ・ジュブリアル

Omar Sanadiki-REUTERS

<われわれは過去を振り返り、なぜヒトラーを止められなかったのか、と悩む。だが目の前の大虐殺には、また見て見ぬふりをしてしまった。旧ユーゴスラビア、ルワンダの反省から、武装紛争下の「文民保護」を国連で決議していたのに、あまりに多くの人々が、痛めつけられ苛まれ殺された>

 シリアとレバノンの国境地帯から戻ってきた。わずか250キロ先のアレッポでは、口にするのもはばかられる野蛮な行為が行われていた。ジャーナリストとして政策アナリストとして、世界的な人道主義の危機と呼ぶべき実態とその意味を伝えたい。

 シリアのバシャル・アサド政権は、大量殺人からシステム化された拷問、強制的飢餓、たる爆弾による無差別殺傷、拘束中の女性、子供、男性に対する組織的なレイプまで、おぞましい戦争犯罪を続けている。これまでに虐殺されたシリア人は50万人、国内で居場所を失った避難民は600万人、国外に逃れた者は500万人にのぼる。まさに絵に描いたような大虐殺である。

21世紀のモンスター

 ロシア軍やイランをバックにしたシーア派武装組織などの援軍を得たアサド政権は、ルワンダや旧ユーゴスラビアの虐殺と匹敵する規模で自国の民間人を殺戮した。ロシアとイランはシリアに武器を売り渡し、使い方を教え、資金を援助した。彼らの支援こそが、アサドの反政府勢力に対する勝利と国内での独裁的地位を確かなものにした。人道主義の危機だ。

【参考記事】オバマが見捨てたアレッポでロシアが焦土作戦

 ナチスによるホロコーストの記憶を消さないため、われわれは今も博物館や図書館を作り続けている。それなのに、目の前で何万人ものシリア人がアサドの爆弾で生きながら焼かれていても見て見ぬふりだ。

webw161219-aleppo02.jpg
生き残ったアレッポ住民はこのバスで避難場所に行く Abdalrhman Ismail-REUTERS

 アサドが「21世紀のモンスター」の称号を手にしたことは間違いない。彼は2000年に父親のハフェズ・アサドから嗜虐性と大統領の地位を引き継いだ。ハフェズは1982年に西部の都市ハマーの住民の寝込みを襲って2万人を虐殺し、通りに放置した遺体を3日間燃やし続けたことを自慢にしていた。アサド家の恐怖支配を徹底し、市民が2度と体制に歯向かわないようにするための見せしめだった。だが、息子のバシャルはその父を楽々と凌駕した。バシャルの鉄拳支配と腐敗したマフィアスタイルの統治が、父の野蛮な暴力を上回ったのだ。

【参考記事】戦火のアレッポから届く現代版「アンネの日記」

 今回、アサドの蛮行の一部始終はソーシャルメディアを通じリアルタイムで世間に知れ渡っていたが、アサド政権は厚かましくもその前で堂々と戦争犯罪を続けた。最もよく燃える焼夷弾で通りの住民に生きたまま火をつけ、見る者に最大限の恐怖を植え付けようとした。こうした国家によるテロ行為により、アサドは2011年に平和的に始まった小さな民主主義の実験を忘却の彼方に葬り去ってしまった。アラブ世界発の市民社会への一筋の希望になったかもしれないのに。

webw161219-aleppo04.jpg
アレッポを拠点に戦っていた反政府軍兵士も住民と共に去る Abdalrhman Ismail-REUTERS

【参考記事】「ホワイト・ヘルメット」をめぐる賛否。彼らは何者なのか?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中