最新記事

自動車

新プリウスで逆風のリチウムイオン電池に賭けたトヨタの電動化戦略

2016年11月2日(水)10時05分

 11月1日、トヨタ自動車がリチウムイオン電池への慎重姿勢を転換、駆動用バッテリーへの本格採用に動き出している。今冬発売するプラグインハイブリッド車(PHV)の新型プリウスは従来より容量を倍増させた同電池を搭載する。写真はプリウスのロゴ、1日撮影(2016年 ロイター/Issei Kato)

トヨタ自動車<7203.T>がリチウムイオン電池への慎重姿勢を転換、駆動用バッテリーへの本格採用に動き出している。今冬発売するプラグインハイブリッド車(PHV)の新型プリウスは従来より容量を倍増させた同電池を搭載する。

ハイブリッド車(HV)で世界の注目を集めたトヨタが、激化するエコカー市場での覇権を握れるか。新型プリウスPHVは同社の技術力を問う新たな試金石となる。

<量販車への搭載>

トヨタは2009年からリチウムイオン電池をプリウスPHVのリース車で使い始めたが、安全性やコストなどへの懸念から量販車への採用には慎重だった。HVでは1997年の初代プリウス発売時からニッケル水素電池を採用。現在は仕様によってリチウムイオン電池を搭載するが、ニッケル水素電池も一部で使い続けている。

リチウムイオン電池には軽量・小型で大容量というメリットがある一方、エネルギー密度が高く、使われている材料の発火性や過充電による発火などの危険がある。実際、13年には最新鋭旅客機ボーイング787のバッテリー発火事故や、三菱自動車<7211.T>のPHVの電池の一部が熱で溶ける事例もあった。最近もサムスン電子<005930.KS>の最新スマートフォンで発火事故が起き、リコール(回収・無償修理)だけでは収まらず、生産・販売打ち切りに追い込まれた。  

ただ自動車業界では、08年にテスラモーターズが大容量リチウムイオン電池を積んだ電気自動車(EV)の「ロードスター」を、10年には日産自動車<7201.T>がエコカーの本命とするEV「リーフ」を市販化している。世界各地で厳しくなる環境規制はHVでは対応できず、自動車メーカーに家庭で充電できるPHVやEVなどへの転換を迫っている。現在の電池技術ではPHV、EVにはリチウムイオン電池の使用は避けれない。

トヨタが今秋冬に国内外で発売するプリウスPHVは、水素で走る燃料電池車(FCV)とともに環境規制対応に同社が示した一つの答えだ。新型プリウスPHVでは搭載したリチウムイオン電池の総電力量を初代の2倍の8.8kWhに増強、EVモードでの走行距離を初代の26.4kmから60km以上に伸ばした。  プリウスPHV開発責任者の豊島浩二氏によると、トヨタはPHVを「HVに代わる次世代環境車の柱」と位置付けている。初代プリウスPHVは発売から5年間の累計販売台数が約7万5500台にとどまっているが、2代目は次の全面改良までに「世界で累計100万台規模」を目指す量販車に育てたい方針だ。

<「安全、安全、安全」>

リチウムイオン電池を使うにあたり、豊島氏は「車を10年、何十万キロと乗る中で信頼性や安全性を担保するためには、よほどいろいろなフェイルセーフ(安全装置)を2重、3重にかけないといけない」と話し、「安全、安全、安全」を重視して作り込んでいると強調する。

プリウスPHVの電池システムを手掛けた同社のエンジニア、武内博明氏によると、同車のシステムでは、新型の電池セル95個一つずつの状態を常に監視し続け、セルレベルでショートの前兆が少しでも起きれば、それをキャッチする。「セルの中で異常が起こっていないかをみて、何か起こったら全体のシステムを止める」。豊島氏の言葉を借りれば、「箱入り娘」のように電池のセル1個ずつを制御管理するという。

安全性確保には電池の製造工程管理も重要で、トヨタはサプライヤーのパナソニック<6752.T>と緊密に連携している。製造過程でセルに微細な金属粒子や不純物が混じると化学反応が起き、熱暴走などにつながるショートを起こす恐れがあるからだ。工場は「半導体レベルで異物に気を付けながらやっている。(半導体の)クリーンルームに近い」(武内氏)。

新型プリウスPHVの電池は、安全性を確保した上で充放電時に陽極と陰極との間をイオンが移動する距離を近づけてセルのサイズを小さくした。こうしたことにより、セル数を従来から38個増やし、総電力量の倍増を可能にした。一方で、重さは50%増、体積は67%増にとどめた。

また、電池の専門家によると、量産効果により電池セル1KWh当たりのコストは145ドルで、過去5年間で60%下がっているという。トヨタはコストに関する明言は避けたが、豊島氏は電池価格の低下が電池の小型・効率化を可能にし、より洗練された制御技術の実現につながっていると説明する。

<あらゆる電動化車両に対応>

トヨタのリチウムイオン電池の開発年数はニッケル水素電池に比べ、まだ短いが、同社のエンジニアらは試行錯誤を繰り返して電池システムを改善させてきたと強調する。同社にとっての究極のエコカーはFCVだが、HV・PHV両方のリチウムイオン電池技術を磨くことで「将来的にはEVも作れる」(豊島氏)とし、あらゆる電動化車両に適した電池を持つことにつながるとしている。

(田実直美、白水徳彦、白木真紀 編集:北松克朗)



[東京 1日 ロイター]


120x28 Reuters.gif

Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中