リオ五輪閉会式「引き継ぎ式」への疑問
人とフレーム双方への振付
要するに、長いダンスの歴史の中で、複数の立体フレームを有機的な美術装置として舞台に導入し、しかも人とフレームの双方にコレオグラフィーを施したのは『バベル』が最初であるということだ。フレームは単なる小道具ではない。ダンサーと同様に振付が施される対象であり、シェルカウイ、ジャレ、ゴームリーという、ほぼ間違いなく芸術史に名を残すであろうスーパースターたちが、議論を重ね、知恵を絞り、試行錯誤の果てに創り上げた独創的な仕事である。時間をかけて確立された新しい「ブランド」を、安易に真似することは倫理的に許されないだろう。
ところが、リオの引き継ぎ式で行われたパフォーマンスは、同様のフレームを用い、かつ、フレームがなければコレオグラフィーが成り立たないという点で『バベル』に酷似している。筆者が知る限り、類例はない。立体フレームを用いた例はもちろんあるが、いずれもが小道具か、パフォーマーの位置と動きを規定する空間としての使用にとどまっており、フレーム同士が、あるいはフレームとパフォーマーが有機的に関連して、新たな意味やレイヤーを生み出しているケースはほかにないのではないか。
といっても、引き継ぎ式のフレームが生み出した意味やレイヤーはあまりに少ない。テレビの生中継を観て、さらにYouTubeで確認した限りでは、東京五輪のエンブレムと東京のスカイライン(街並み)をつくっただけである。前者は言われなければそれとわからない。後者は建物の影を象ったプロジェクションに助けられていた。パフォーマーの演技と相俟って、部屋や牢獄や入国審査場、さらにはタイムトンネルやバベルの塔にまで変容した『バベル』のフレームには比べるべくもない。9月18日のパラリンピック閉会式でも7つのフレームが使われていたが、このときは単に背景として用いられていたようだった(書き添えれば、障碍者と健常者が入り乱れるダンスは素晴らしいものだった)。
9月15日に放送されたNHK『クローズアップ現代』は「仕掛け人がとことん語る!〜リオ閉会式"奇跡の8分間"〜」と題され、引き継ぎ式の演出・振付家であるMIKIKO氏は、予算的な制約で50人しかパフォーマーを起用できなかったこと、フレームを装置として「考え出した」ことについて問われ、以下のように答えている。
「50人っていう数字をフィールドで少なく見せないために、いかに1人を拡張して見せるかというのがテーマでもありましたし、その装置を自分たちで運んで自分たちでどんどん展開していくというふうにせざるを得なかったんですけど、結果、それが日本的というか。知恵を使わないといけなかったことが日本らしく見えて、よかったなあとは思っています」