最新記事

リオ五輪閉会式

リオ五輪閉会式「引き継ぎ式」への疑問

2016年9月30日(金)16時40分
小崎哲哉

傑作『バベル』との類似

 『バベル』は、ひとことで言えば言語と身体言語の、つまりは人と文化の多様性を称揚し、諍いではなく、まっとうなコミュニケーションを促す作品だ。2010年ロンドン初演。以来、日本を含む各国に巡回し、この夏には舞台芸術最高峰のフェスティバル「アヴィニョン演劇祭」に招かれ、メイン会場である教皇庁前庭で公演を行った。2011年には、英国で最も権威があるとされる舞台芸術賞「ローレンス・オリヴィエ賞」の「最優秀新作ダンス作品賞」を受賞。ゴームリーは、2人の振付家とともに直方体の金属製フレームをダンスに取り入れるという画期的なアイディアを考案し、同賞の「ダンスにおける卓越した業績」賞を受賞している。初演時のレビューを少しだけ紹介しよう(いずれも抜粋)。


「作品のタイトルと基調は、黙示録的な聖書の物語から取られている。(中略)そして、アントニー・ゴームリーの舞台美術。光を反射するスチールの立方体(ママ)から成るインスタレーションは、一連の塔や空間に変容し、出演者はその中に蝟集したり孤立したりを繰り返す。コレオグラフィーは、結合と離脱のダイナミズムを巧みに描き出す。ひとりのダンサーが、温かく滑らかなパドゥドゥーの抱擁を脱け出して、立方体(ママ)の中に囲い込まれるとき、彼の孤立という事実は背筋を戦かせるような衝撃を与える」(Judith Mackrell「Babel」。2010年5月19日付『Guardian』


「アントニー・ゴームリーの巨大な銀色の直方体フレームを、舞台上で20分ほど動かしてくれるだけで、人生(とサドラーズ・ウェルズ劇場に行くこと)はこの上なく幸福なものになることだろう。ゴームリーの(真四角だったり細長かったり、あるいは幾何学の教科書に載っているヤツのように)形を変える6つ(ママ)の骨格状の箱は、舞台袖のベージュのパネルや黒い背景幕の前で、出演者によって様々に配置されたり動かされたりする。その効果は、目を奪われるほどに美しく、かつ刺激的だ。フレームは、住居棟に、牢獄に、都市に、そしてバベルの塔になる。(中略)私はパフォーマーたちに言いたくなった。『ただ、舞台装置に仕事をさせろ!』と」(Clement Crisp「Babel, Sadler's Wells, London」。2010年5月21日付『Financial Times』


「ゴームリーの功績は計り知れない。(中略)『バベル』においては、軽量アルミニウムで出来た様々なプロポーションの5つの直方体を用いて、明らかに建築的な文脈に移ってきている。これらの直方体は、パフォーマーによって操作され、部屋、箱、コマ、タイムトンネル、入国審査場など、取り違えようがなく数え切れないほどのセットに易々と姿を変える。すべてが一体化したときには、全体の形は見事なアールデコ建築となった。会場には建築家の姿が散見されたが、彼らの目はほとんど飛び出さんばかり。(中略)ゴームリーの本作への貢献は、比類のない彫刻的=建築的ダンスシアターのブランドを確立した」(Graham Watts「Review: Sidi Larbi Cherkaoui / Damien Jalet / Antony Gormley in Babel (words) at Sadler’s Wells」。2010年5月19日付『londondance.com』

 2014年に『バベル』を招聘した札幌国際芸術祭(SIAF)2014の坂本龍一芸術監督は、以下のようなコメントを寄せてくれた。


「私は残念ながら生で『バベル』を見たことがなかったのですが、私がディレクターを務めた札幌国際芸術祭2014では『バベル』を招聘することに決めました。なぜなら、YouTubeで見たこの作品に大きな衝撃を受け、現代の日本の多くの人に見てほしいと思ったからです。

 言うまでもなく聖書からとられたこの題材を、これほどの強度をもって、抽象性と具体性の分かち難い表現にまで昇華させた例を、私は他に知りません。ここでいう抽象性と具体性とは、ダンスという芸術が必然的にもつ形象的な追求と、それが人間の肉体に依りなされることであると同時に、アントニー・ゴームリーによる立体の、これ以上足すことも引くこともできないであろうと思われる、完璧な美術をさします。彼の立体は、単なる舞台美術を越えて、これなしにはそもそも『バベル』 という作品自体が成立しない程、深く作品に内在化されていると言っていいでしょう。その、無機的で抽象的な立体から紡ぎ出される様々な形象は、私たち人間自身のヒトとしての同質性と、しかしそこから生じる 無限とも言っていいような多様性を、そのまま表しているように思います。その意味でも、これは肉体によるダンスであるとともに、立体という抽象物のダンスでもあると思うのです」(原文全文掲載。Eメールによるコメント)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

子どもの死亡数、今年増加へ 援助削減が影響=ゲイツ

ワールド

米、貿易休戦維持のため中国国家安全省への制裁計画中

ワールド

メキシコが来年1月に最低賃金引き上げ、週労働時間も

ワールド

スペイン、EV支援計画を発表 15億ドル規模
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 3
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中