最新記事

トラベル

イベリア半島にたたずむ家族経営の隠れ家ホテル

2016年9月28日(水)10時50分
ニック・フォークス

 そこで彼は、アメリカで見たモーテルを参考に小さな宿屋を開業した。場所はスペイン南部のマラガと、イベリア半島南東端のジブラルタルの中間。湾岸道路のわだち道沿いで、当時は車よりもロバの姿のほうが多かったような場所だ。

 そのマルベーリャクラブが、60年代までに華麗な進化を遂げた。社交界を写し続けた伝説的な写真家スリム・アーロンズに写真を撮られたことがあるようなセレブが、夏の休暇にこぞって訪れるホテルになったのだ。

設備の改善もさりげなく

 アルフォンソはシェークスピアの『テンペスト』の主人公、プロスぺロの現代版という感じ。自身の人間的魅力と簡素な部屋だけを材料に、魅惑の王国をつくり出した。

 プロスぺロの島と同じく、マルベーリャクラブもまた外界から切り離されていた。開業から数年後にようやく電話回線が引かれたが、それでも宿泊客は概して現実から隔離されていた。新聞も見ず、ラジオもテレビもなかったが、代わりに毎夜パーティーが催された。

 今ではこのホテルはシャムーン家が所有している。彼らは施設をアップグレードし、バーやレストラン、スパ、キッズクラブやゴルフコース、セレクトショップやWi-Fiなど現代的なホテルに必須の装備を加えた。

【参考記事】ポルトガルで出合う究極のエッグタルト

 それでもアルフォンソの息子のウベルタス王子に言わせれば、今でもここには幼い頃から親しんできた社交場の空気が流れている。彼は毎年夏になるとここに戻り、パティオで深夜ラウンジを開く。

 施設の近代化はもちろん重要だが、家族経営の高級ホテルが提供してくれるのは「変わらなさ」だろう。わがホテルは魅力と親しみやすさを犠牲にしてまで改善を図ることはない――そう保証するためにも、一貫性を守ることが不可欠だ。

 家族経営のホテルには、快適で便利な大手ホテルチェーンがめったに提供できないような人と人とのつながりがある。ホテルチェーンは顧客ターゲットやマーケティングに引きずられて変化を追求し、本物らしさと個性を失いがちだ。

 偉大な家族経営ホテルの優れた点は、客に気付かれないほどそれとなく変化するところ。必要としていたことにさえ気付かなかったが、あればうれしい、といったものを提供してくれる。

 おかげで宿泊客は、いつ来てもこう感じることができる。すべてが素晴らしく、昔と変わらぬままだ、と。

[2016年9月27日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中