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戦略なき日本の「お粗末」広報外交

2016年9月26日(月)16時22分
舛友雄大(アジア・ウォッチャー)

反日デモの最中に「マリモ」からは改善しているが

 それ以前、中国メディアのスタッフとして北京で働いていた時代を振り返ってみても、日本大使館の広報方針に疑問を感じることが多かった。2011 年、当時の前原外務大臣がインタビューに応じたメディアは詭弁でナショナリズムを煽ることで有名な、あの『環球時報』だった。その頃、文化広報担当の公使になぜ『環球時報』だったのかと問うと、「それは簡単。『環球時報』は国際問題を専門に扱う新聞だから」と答えられ、唖然とした。

 2009年には、すでにオバマ大統領がリベラル系総合誌『南方週末』の独占インタビューに応じている。アメリカは、中国で知識人層に支持されるメディアに積極的に出ていくことの意義を熟知し、独自のコネクションを築いていた。日本は、前出の大臣インタビューからしばらくしてようやく、メディアを選別して露出していくことの重要性に気づき、広報方針をシフトさせていった。

 もっとうまい広報の仕方があるのに、とよく思った。2012年の反日デモ以降、日本の要人が少しずつ訪中し始め、関係改善のために動いていた。特に記憶に残っているのが2013年1月に安部首相の親書を携えて公明党の山口代表が北京を訪れた時の光景だ。その日、日本人記者から情報を聞きつけて(通常こうした情報は日本メディアにしか伝わらない)、中国メディアの記者が駆けつけていた。その中にいたフェニックステレビの記者は日本語がわからないので、山口氏の話していることが全くわからなかった。筆者が中国語に訳すのを手伝ってようやく事なきを得た。

 大使館の広報担当書記官も会見場に来ていたが、まったく見て見ぬふり。日本について外国メディアに発信してもらおうという戦略的感覚はゼロだ。その体制も整っていないのだろう。例えば、せめて英語の通訳をつけたり、大使館ウェブサイトで会見内容を出したりすれば、いい加減な中国メディアの「誤報」を減らせただろうし、雰囲気醸成に役に立っていただろう。

 反日デモの波が中国全土で吹き荒れるなか、在中国日本大使館が呑気にもその微博アカウントでマリモについてつぶやいていた話は駐中国日本人の間でも語り草になっている。当時微博を担当していた館員は、人員が足らないことをぼやいていた。微博に添付する写真はいちいち掲載許可を得なければならなくて大変そうだった。「今は日本の文化を紹介する段階で、ゆくゆくは日中関係についても発信していきたい」と当時の広報担当参事官が語っていたことを思い出す。

 その言葉は本当だった。先月11日の朝、尖閣沖で中国漁船が沈没、中国人乗員が救助された件で、中国のメディアがなかなか熱心に伝えようとしないなか、日本大使館は微博と微信のオフィシャルアカウントの両方で、写真付きですぐさまこの件について伝えていた。これは大使館の独自の判断だったということだ。こうした努力は褒められなければならない。

 歴史問題などの白熱化を受け、外務省は2015年以降、戦略的に海外へ発信するための予算を200億円から700億円に増額した。シンクタンクとの関係強化、学者招聘、ジャパン・ハウス(日本の魅力を発信することを目的とした海外拠点事業)、青少年交流などに使われているという。

 安倍政権になって確かに、外国への訪問が頻繁になり、スピーチライターの谷口智彦氏の活躍により安部首相の海外での演説もずっと印象的なものに変わってきたと感じる。

 しかし、海外メディアへの対応について、メディアの時勢を先読みし、相手国の状況に応じて、柔軟に、そして主体的に情報発信を送ることについては、改善点が多いのではないだろうか。日本が「普通の国」になり、難しい問題で合意形成を進めていくためには広報戦略のさらなる強化が必要になってくる。

<※編集部より>
本文7段落目の「日本は今回のビエンチャンでの会議で外国プレスに対して全く発信をしていないということだ。」に関して、事実誤認がありました。ウォール・ストリート・ジャーナルが川村泰久外務報道官の話を引用しているほか、現地のラオス英字紙のビエンチャン・タイムズが岸田外務大臣との書面インタビューに基づく記事を掲載しておりました。訂正します。(2016年10月3日)

[筆者]
舛友雄大
2014年から2016年まで、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院アジア・グローバリゼーション研究所研究員。カリフォルニア大学サンディエゴ校で国際関係学修士号取得後、調査報道を得意とする中国の財新メディアで北東アジアを中心とする国際ニュースを担当し、中国語で記事を執筆。今の研究対象は中国と東南アジアとの関係、アジア太平洋地域のマクロ金融など。これまでに、『東洋経済』、『ザ・ストレイツタイムズ』、『ニッケイ・アジア・レビュー』など多数のメディアに記事を寄稿してきた。

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