最新記事

日本

戦略なき日本の「お粗末」広報外交

2016年9月26日(月)16時22分
舛友雄大(アジア・ウォッチャー)

南シナ海問題で「ダチョウ倶楽部の上島状態」に

 国際会議に参加する中国の高官が率直な意見を話すことはなく、むしろ党の立場を繰り返すことが多い。ただ、ある日本の中国政治学者が言っていたように、中国側が出してくる情報は「プロパガンダだといって馬鹿にできない」十分な効果があり、国際世論の形成に一役買っている。果たして、国際会議で沈黙を守ることは日本にとってよいことなのだろうか?

 広報担当の経験がある外務省の職員にこの質問をぶつけてみた。彼の回答は「日本は一貫性を重視しており、手堅くやっている。中国は政府高官が別々のことをいうことで混乱がおきやすい」というものだった。また、外国プレスへの対応を変える必要性も特に感じていないようだった。王毅が記者会見で中国の人権問題を問うたカナダ人記者に激高したのは記憶に新しく、中国のやり方が完璧ではないのは確かだろう。

 いずれにせよ、南シナ海をめぐる日本の外交は一筋縄ではいっていない。日米のメディアですら、この時の国際会議を中国の外交的勝利と位置づけている。王毅外相は全体会合の前に、東南アジア各国と相次いで2国間会合を開き、南シナ海問題が大きく取り上げられることを避けようとした。会合が終わるたびに国内外のメディアに向けて成果をアピールし、うまく外堀りを埋めてきているように感じた。

 それに比べて、フィリピンが中国を訴えた仲裁裁判での判決を背景に、中国に結果の遵守を迫った日本は、フィリピンが新大統領のもとで態度を軟化させたことで、結果的にその主張が当事者国のそれよりも強硬となり、やや浮いた存在だった。それがたとえ東シナ海での領土領海を守るために言わずにはいられないものだったとしても。

 会議の内容をよく知るある日本の外交官は、「ダチョウ倶楽部の上島状態だった」と振り返る。事前に周辺海洋諸国と南シナ海問題を取り上げることについて確認していたが、全体会議になると手を挙げたのは日本くらいしかいなかったという意味だ。こういった経緯もあり、続いて中国・杭州で開催されたG20で日本の南シナ海についての立場はトーンダウンした。

【参考記事】ルポ:南シナ海の島に上陸したフィリピンの愛国青年たち

 実際、日本の東南アジアでの広報活動は順調満帆ではない。判決を受け、外務省は今夏シンガポールで南シナ海をテーマにしたシンポジウムを開こうとしていたが、実現に至らなかった。そのイベントはこの地域で対中の警戒感を醸成することが目的だったという。フィリピンやインドネシアなどの国では現地の学者に頼み込むなどして同様のシンポジウムを開くのは容易だったが、シンガポールでは話が違った。

 それもそのはずだ。国際政治のシンポジウムやセミナーが毎日のように開かれるシンガポールは、外交官や学者が頻繁に訪れるアジアで屈指の情報交換の場になっている。中心的役割を果たす拠点――S.ラジャラトナム国際研究院(RSIS)、東南アジア研究所(ISEAS)やリー・クアンユー公共政策大学院(LKYSPP)など――には数多くの中国人研究者が在籍している。

 筆者は2014年にLKYSPPで研究職について以降、日本の政策決定者や学者を招待し、講演を行ってもらえるよう努力した。「日本の存在感がなくなってきている」(日本の元駐シンガポール大使)なかで、日本の声を届けたいと思ったからだ。提案の結果、中尾武彦ADB(アジア開発銀行)総裁や根本洋一 AMRO(ASEAN+3マクロ経済調査事務局)所長(当時)らに来校していただくことができた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中