事業担当者は、法務パーソンと共犯関係を結べばいい
興味や情熱を共有できる、共犯関係を結べる法務のパートナーを作る
それから、オープン化には上司や社内のキーパーソンを説得するロジックや、リスクヘッジがどこまで固められているかといった信頼の獲得材料をどれだけ提示できるかも勝負どころになるでしょう。
僕が事業担当者に対してよく言うのは、企業の法務部の中にパートナーを一人作ろうということです。ある程度の規模の企業なら法務部の人数もそれなりにいますし、堅そうに思える法務部にも一人くらい変わった人がいるので、そういう人をいかに見つけるかが重要です(笑)。そういう人と共犯関係を作るんです。そういう話が分かってくれそうな人、アイデアを即座に否定するのではなくて、実現のための道筋を一緒に探してくれるようなパートナーを、まず一人作るのが大事だという気がしますね。
それは法務の側にとってもメリットになると思います。プロジェクトの終盤になってから、契約書なり規約なりの書面内容を「チェックして」と一方的に頼まれても、今の時代の多面的なリスクに対応できませんし、そもそも気持ちが盛り上がらないですよね(笑)。それは人間として当然の反応でもあるでしょう。だから企画の段階から法務の人を巻き込んで、当事者意識を持ってもらうような工夫も必要だと思います。
日常会話の中にリスク察知のきっかけだとか物事を円滑に進めるための秘訣が潜んでいるような気がします。何か問題が起きてからではなく、日常的に法務の担当者と接しておくことは、リスク回避だけでなくプロジェクト成功の1つの手立てといえるかもしれません。
社会的インパクトの見込まれるバイオテクノロジーとブロックチェーン
最近興味があるテーマはバイオテクノロジーとブロックチェーンです。バイオはカルタヘナ法**** という遺伝子の組み換えを規制する条約とその法律があるものの、十分な法整備がなされていない状況です。今後ゲノム情報やゲノム編集技術を使ったテクノロジーがさまざまに開発されるでしょうし、産学連携やバイオベンチャー、DIYバイオなど研究機関外の展開も見込まれるので、ある程度の整備が必要だと思います。
ただ、テクノロジーの先導を誰が担うかによって、法整備の仕方は変わってくるはずで、その見極めが難しいですね。ファブラボやメイカーズのようにモノづくりを率先して始める人が次々出てくればそれを踏まえた法規制があるべきでしょうけれども、大学から火をつける形で産業界に少しずつプレイヤーを作っていくのであれば、最初から見通しの良い道を作ったほうがいいのかもしれません。法整備は安易に行うと新しい技術やそこで生まれた文化の芽を摘んでしまう一方で、逆に法整備がなされることにより、大企業や巨大資本の投資を呼びこむことが可能になったりします。
個人情報保護法が改正されるタイミングでもあるので、ゲノム情報や生体情報とプライバシーの問題も議論が必要となるはず。すでにEUを中心に議論が進んでいますが、でもあまり法的な問題にとらわれすぎると面白いものが生まれてこないでしょうから、難しいところですね。
ブロックチェーンは一度記録されたものが不可逆で改ざんの余地がなく、しかもすべての処理が記録されるということで、法律や契約のスキーム自体を変えてしまうような大きな可能性があると思います。つまり合意形成の仕組みが変わって、例えば契約書がいらなくなるかもしれないし、さらにいうと登記簿や戸籍にも取って替わる存在になるかもしれない。それくらい社会的にインパクトを秘めていると思います。
先ほども言ったように現実と法律が乖離しているのが今の時代です。予測不能な未来というのは怖さもあるけれど、だからこそスリリングで刺激的です。そのはざまで何ができるか、一人の法律家として新しいものを生み出す人たちと一緒に挑戦を続けていきたいと思っています。
WEB限定コンテンツ
(2016.3.3 港区のシティライツ法律事務所にて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki
シティライツ法律事務所は、「法を駆使して創造性、イノベーションを最大化する」ことを目的に活動。インターネットやエンタテインメントにおける法務・知財戦略のほか、法整備されていない新しい分野でのリーガルサービスにも取り組んでいる。2013年1月設立。
http://citylights-lawoffice.tumblr.com/
* ハックベリーのHP。ハードウェアやソフトウェアのデータが公開されている。http://exiii-hackberry.com/
**株式会社ライゾマティクスに関する参照記事はこちら。同社 代表取締役 齋藤精一氏「現場主義で最先端の表現を極めたい」【http://www.worksight.jp/issues/644.html】 「細やかな心配りと制御の効いた温度のある技術が日本企業の真骨頂」【http://www.worksight.jp/issues/646.html】
*** 8組のアーティストがリノベーションした建物を賃貸物件として提供する「APartMENT」というプロジェクト。304号室、Rhizomatiks Architectureの「記憶の記録」部屋はセンサーで室内の行動を全て記録するというもので、人間の記憶と意識に関する実験の場でもある。
****カルタヘナ法
2000年1月、生物多様性条約特別締約国会議再開会合において「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」が採択され、2003年6月に締結された。これを受けて、日本で2004年2月に施行されたのが「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」、通称カルタヘナ法だ。
水野祐(みずの・たすく)
シティライツ法律事務所、弁護士。神奈川県生まれ。Arts and Law代表理事。Creative Commons Japan理事。京都精華大学非常勤講師(知的財産法)。慶應義塾大学SFC研究所所員。FabLab Japan Networkなどにも所属。著作に『クリエイターのための渡世術』(ワークスコーポレーション)(共著)、『オープンデザイン 参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン)(共同翻訳・執筆)などがある。