最新記事

フィリピン

ドゥテルテ大統領下のフィリピン麻薬戦争、死者の山に口閉ざす人々

2016年9月7日(水)10時27分

 9月5日、マニラ市内のスラム街では、22歳の輪タク運転手Eric Sisonさんの遺体が棺に横たわり、その近くをヒヨコが行き交っている。地元の伝統にのっとり、彼を殺害した者の良心をつついて責める象徴として放されたのだ。写真はSisonさんの棺。マニラ首都圏パサイ市で8月撮影(2016年 ロイター/Erik De Castro)

マニラ市内のスラム街では、22歳の輪タク運転手Eric Sisonさんの遺体が棺に横たわり、その近くをヒヨコが行き交っている。地元の伝統にのっとり、彼を殺害した者の良心をつついて責める象徴として放されたのだ。

ソーシャルメディアで先月拡散された携帯電話の動画は、Sisonさんが殺害された瞬間を捉えたものだと言われている。現地の当局者によれば、このとき警察は、マニラ首都圏のパサイ市で麻薬密売人を捜索していたという。

新聞の報道によれば、この動画は近隣の住民が撮影したもので、「撃たないでくれ。降伏する」と叫ぶ声に続き、銃の発砲音が聞こえる。

ボロボロの家屋のあいだを走る悪臭を放つ水路の脇に置かれた棺の近くには、「Eric Quintinita Sisonのために正義を」と訴えるポスターがあり、手書きで「過剰殺戮。Ericのために正義を」との文言が添えられている。

わずか2カ月前にロドリゴ・ドゥテルテ氏がフィリピン大統領に就任し、麻薬密売業者に対する戦いと、広く蔓延する覚せい剤メタンフェタミンの乱用撲滅を宣言して以来、こうした殺害事件が急増している。しかし、このポスターのような抗議の印はめったに見られない。

ドゥテルテ大統領の血なまぐさい粛清作戦を阻む者はほとんどいない。

7月1日以降に殺害された人の数は、先週2400人に達した。約900人は警察による摘発作戦のなかで殺されたものであり、残りは「捜査中の死亡」だ。人権活動家によれば、これは自警団による超法規的な殺害を婉曲に表現した言葉だという。

今回の取材では、ドゥテルテ大統領の執務室からは直接のコメントを得られなかった。

<攻撃される反大統領派>

ロイターの取材で明らかになったのは、殺害事件が圧倒的に多いため、警察の内部監察局(IAS)と人権委員会(CHR)による調査もごく一部にしか及んでいないこと。そして、目撃者が恐怖のあまり進んで証言しようとしないため、多くの事件を不当な殺害であると立証する望みがほとんど無いことである。

他方、大統領の麻薬撲滅政策は広く支持されており、度重なる流血が恐怖感を煽っていることとあいまって、市民社会からの反発は抑えつけられている。超法規的な殺害に抗議するために先日マニラで行われたろうそくを灯して祈る集いには、ほとんど誰も参加しなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米マスターカード、第4四半期利益が予想上回る 年末

ワールド

米首都近郊の旅客機と軍ヘリの空中衝突、空域運用の課

ワールド

ブラジル大統領、米が関税賦課なら報復の構え

ワールド

米旅客機空中衝突事故、生存者なしか トランプ氏は前
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 3
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 4
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 5
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 10
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中