最新記事

歴史

9月2日も終戦記念日――今夏、真珠湾の記念館を訪れて

2016年9月3日(土)08時05分
譚璐美(作家、慶應義塾大学文学部訪問教授)

US Navy/Handout via Reuters

<アメリカに住んでいると、2度も終戦記念日を迎えることになる。そのために覚える胸苦しさを振り払おうと、ハワイ・パールハーバーのアリゾナ記念館を訪れた。終戦時に降伏文書が交わされた戦艦ミズーリ号が係留された記念館で、またひとつ、心に残るミズーリ号の出来事が増えた> (1945年9月2日、東京湾に停泊した戦艦ミズーリ号での降伏文書調印式の様子)

 いつの頃からか、夏になると気持ちが落ち込むようになった。アメリカ在住のために、8月から9月にかけて、終戦記念日を2度も迎えなければならないからだ。

 ひとつは無論、8月15日の終戦記念日。報道などで、日本のラジオから流れる雑音交じりの玉音放送を聞いて泣き伏す人々の姿が再現されて、悲壮感でいっぱいになる。

 もうひとつは、9月2日。米国戦艦ミズーリ号で降伏文書の調印式が行われた日で、アメリカではこの日を戦勝記念日として盛んに祝わっている。この日、私が住んでいるニューヨーク郊外の住宅地でも、家々の軒先には星条旗が掲げられ、町の沿道にも無数の小旗が風にはためき、いやが上にも高揚感に包まれるのだ(※)。

※追記:1995年、ビル・クリントン大統領が戦後の日本との友好関係を考慮し、それまで「VJデー」(対日戦勝利の日)としていた名称を改めて「太平洋戦争終結日」とし、連邦政府の祝日から除外した。


【参考記事】原爆投下:トルーマンの孫が語る謝罪と責任の意味(前編)

 戦争の勝者と敗者とでは、当然のことながら国民の記憶は対局にある。米国の退役軍人たちは自信に満ち、国家を救ったのは自分たちだという自負心があり、社会全体から敬意をもって遇される。高校や中学に招かれて戦争の体験談を堂々と語り、先生も生徒もかしこまって拝聴するばかりだ。それに比べて日本の老人はかわいそうだと、つい比較してしまう。夏になると、私は日米のギャップの大きさにいつも驚き、戸惑い、重い固まりを飲み込んだような胸苦しさを覚えるのである。

 そんな気持ちを振り払おうと、今夏、ハワイのパールハーバー記念館(アリゾナ記念館)を訪れた。真珠湾攻撃を受けて海に沈んだ米国艦船アリゾナ号が展示館になっているが、湾を挟んで対岸には、終戦時に降伏文書が交わされた戦艦ミズーリ号が係留・公開されているのだ。

 ミズーリ号を訪れるのは初めてだったが、私はすでに降伏文書の調印式典の様子を熟知しているような気がした。ニューヨーク在住のピーター・ラール氏に何度も取材し、数編のドキュメント作品を発表していたせいだろう。

マッカーサー将軍の作戦参謀による調印式典の思い出

 ピーター・ラール氏の父、故ディビット・ラール氏はウエストポイント陸軍士官学校を卒業後、マサチューセッツ工科大学(MIT)で機械工学を学んだ秀才で、米国陸軍大佐としてマッカーサー将軍の作戦参謀を長く務めて、ミズーリ号で行われた降伏文書の調印式典の準備作業を取り仕切った。

 ピーター・ラール氏の話によれば、調印式典で使用された長テーブルは、当初予定していたテーブルが小さすぎたために急きょ用意したものだったが、古くてひどく汚れていた。式典直前、ラール大佐は急いで船室へ降りてテーブルクロスを探した。乗組員がコーヒーを飲みながらポーカーをしているのが目に留まった。「おい、ちょっとそれを貸してくれ」と声をかけて勢いよくテーブルクロスを引っ張ると、コップに残っていたコーヒーがこぼれて茶色いしみを作った。

「父は調印式の間中、そのしみが気になって仕方がなかったと言っていました」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中