最新記事

インタビュー

「アメリカ人は憲法を神聖視しない」阿川尚之氏に聞く米国憲法の歴史と憲法改正(前篇)

2016年8月30日(火)11時13分
BLOGOS編集部

自身がかつて憲法学を教えていたシカゴ大学ロースクールの学生を相手にスピーチをするオバマ米大統領(2016年4月) Kevin Lamarque-REUTERS

 7月の参院選で、連立政権を組む「自民党と公明党」が、憲法改正の発議に必要な3分の2を衆参両院で確保した。今後、憲法改正についての議論が活発化するとみられている。

 アメリカ合衆国憲法に詳しい阿川尚之・同志社大学特別客員教授は、同国の改憲史を辿った著書『憲法改正とは何か――アメリカ改憲史から考える』の中で、「アメリカ人は憲法を大切にするが、神聖視はしない。それに対し日本人は憲法を神聖視するものの、それほど大切にはしない」と分析する。日本国憲法の在り方を考える上では、海外の憲法史を繙き、他国の人々の憲法観を知っておくことも必要となるだろう。

 そこで編集部では阿川氏に、アメリカ合衆国憲法と、アメリカ国民の憲法意識について話を聞いた。【編集部:大谷広太】

アメリカの政治家はすぐに憲法を持ち出す

――阿川先生は「アメリカ人は憲法を非常に大切にしているが、神聖視はしていない」という印象的な表現をなさっています。また、日本人はその逆なのではないかと。

阿川:アメリカでは、あらゆる政治家や運動家が憲法を持ち出すわけです。有名な例を挙げれば、オバマ政権に反対の立場を取るティーパーティー運動の人たちは、憲法をとても重視しています。集会に憲法全文を載せた小冊子を抱えてきて、みんなで勉強しているという話を聞きました。「政府は"大きな政府"をつくり、行き過ぎた福祉を実行し、憲法制定者の意図に反している。本来の憲法に戻れ」というのが、彼らの主張です。

 一方、ティーパーティーとはまったく逆の立場を取る、進歩派の政治家や運動家たちも、妊娠中絶や同性婚の権利などの正統性を憲法に求めます。憲法を正しく解釈すれば、これらの権利が存在するのは明らかだと言うのです。

 彼らはまったく主張が違うのに、何が共通しているかというと、「自分たちの主張こそ、憲法の正しい解釈に基づいているのだ」と訴えるところでしょう。両者とも憲法それ自体を神聖で侵すべからざる対象と考えてはおらず、むしろ主張の正しさを説得する手段として大切に使っているように思います。なぜそうなのか、何人かアメリカの憲法学者に質問したら、リベラルな学者もコンサバティブな学者も、「我々アメリカ人は世界中から来ていて、共通の文化や価値観がない。だから、議論の共通の基盤が、憲法以外にないんだよ」と一様に答えたので、「なるほど」と思いました。

 アメリカでは野球の試合で、みんな立ち上がり、神妙な顔をして国歌を歌いますが、人種、肌の色、そもそもの出身国、宗教、価値観が千差万別である彼らをひとつにまとめるのは、国旗と国歌と憲法しかない。だからこんなに憲法を大切にするのだろうなと感じます。その点、いくら「憲法が最高法規だ」と教えられても、この国を一つにまとめるのは憲法だけではない、むしろ憲法以外に何かがある。一般の日本人は漠然とそう思っているのでは、と感じますね。

 確かに、明治憲法ができて「国のかたち」が突然決まったわけでも、日本国憲法ができて全てが変わったわけでもない。日本の「国のかたち」には、それ以前から続いてきたものが含まれているはずです。例えば日本史の授業で習う大政奉還だって、それまで続いてきた「国のかたち」が変わったという意味で、日本の憲法史上、画期的な事件ですよね。明治維新を経てその変化をさらに吟味し、国内外の情勢を踏まえて最終的に文書にまとめたのが、大日本帝国憲法だったわけですから。

小学生だって憲法を学ぶ

――アメリカ人は、日本人に比べて憲法についてはっきりとした考え方や認識を持っていると言ってよいでしょうか。

阿川:日本では最近でこそ安保法制関連で一般向けの憲法の本がたくさん出たけれども、それまではあまり読みませんでしたよね。アメリカでは、最高裁判事の伝記が何冊も出版されていますし、一流の憲法学者が、わかりやすい憲法史の本を書いています。

 憲法史というのは、アメリカ史そのものですから、小学校でも憲法について学びます。独立宣言と憲法の起草が行われたフィラデルフィアの「旧ペンシルヴァニア州議事堂」は、アメリカでもっとも重要な史跡の一つになっていて、その近くにある「米国憲法センター」とともに、毎日訪れる人が絶えません。

 そういう意味では、アメリカの人々は日本人よりも憲法をずっと身近に感じているかもしれません。

天皇陛下の「生前退位」も憲法問題

――やはり「国のかたち」があって、その中の一つとして憲法があるわけですが、そこがどうしても、憲法の条文のところだけ見て議論してしまうところがありますね。

阿川:憲法の制定には、それぞれの国で異なった歴史的文化的、あるいは政治的背景があり、合衆国憲法も日本国憲法も例外ではありません。既に述べたとおり、それ以前の「国のかたち」が、憲法の中身に大きな影響を与えます。

 その点で大変興味深いのは、天皇陛下の「生前退位」をめぐる議論でしょう。そもそも「天皇の在り方を日本国憲法はどう規定しているのか」「皇室典範って何だ」などという、これまであまり考えてこなかった疑問が、改めてどっと出てきている。

 天皇の方が憲法よりも古いわけですから、憲法に書いていないこと、あいまいなことがたくさんある。憲法の条文に規定がない部分もまた、「国のかたち」にかかわりますよね。広い意味で、これもまた憲法の条文を越えた憲法問題だと思います。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...スポーツ好きの48歳カメラマンが体験した尿酸値との格闘
  • 4
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 5
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 6
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 7
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 10
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中