「お母さんがねたので死にます」と自殺した子の母と闘った教師たち
しかし、そうではなかった。たとえば「校長が薄笑いを浮かべたように見えた」という部分については、校長が、話をする際、意思とは無関係に笑ったような表情に"なってしまう"人だということが証明される。そういう人は、たしかにいるだろう。
つまり、同じように真実は誤解の上塗り状態だったのである。そして読み進めていくにつれ、原因は母親のさおり、そして彼女を不必要に煽るマスコミにあったことが明らかになっていく。
さおりは虚言癖があり、しかも自分に反論した人間を、巧みな(矛盾だらけなのだが)論調によって徹底的に糾弾する性格なのだ。たとえば裕太くんの同級生と教師を前に、彼女はこう告白している。
さおりは彼らを前に、お盆の頃、「バレーが苦しい」とこぼした裕太君を、こう言って叱ったと明かした。
「バレー部をやめるなら、学校もやめて死んで。家を出る時は携帯を置いていけ」(26ページより)
この「死んで」という彼女の発言が自殺の引き金になったわけだが、ここにも矛盾がある。教師や同級生の証言から明らかになるのは、バレーを楽しんでいる裕太君の姿であり、「苦しい」というような片鱗はどこにもないのだ。「そうはいっても、現実は違うってことなんでしょ」と思われるかもしれないが、ここから、本当の意味で裕太くんのことを心配し、手助けしていた教師陣、そして同級生によって、真実が次々と明らかにされていく。たとえばさおりの異常性は、離婚した2番目の夫の証言にも明らかだ。
大手企業のサラリーマンだった彼は、インターネットの出会い系サイトでさおりと知り合って結婚したという。裕太くんとその弟はさおりの連れ子だ。以下は、その夫による証言で、ここにはさおりの真の姿が映し出されている。
〈例えば、食事の後、私が台所で食器を洗っていると、いつの間にか傍に来ていた被告が、突然大きなため息をつき、聞きとれないくらいの小さな声で愚痴らしきことをしゃべり始め、「これ飲んだら死ねるかな」と手にした何か錠剤らしき物の入った小瓶を私に見せます。私が「なにバカなこと言ってるんだよ」と言うと、被告は突然大きな声になって「生きていたくねえんだよ」「てめえのせいでな」等怒鳴り始め、だんだんと声が大きくなっていき、最後にはキャーと叫びました。(174ページより)
ちなみにこれは、このときに限ったことではない。「死んでやる」と叫ぶのはさおりの常套手段であり、実の母親も「死にませんから」と語っている。つまり、「そういう人」なのだ。しかし問題はそんな光景を日常的に見せつけられていた子どもたちである。弟は気にしていないそぶりだったというが(真意はわからない)、裕太くんには、それがつらかったということだ。