最新記事

歴史

沖縄の護国神社(4)

2016年8月16日(火)11時10分
宮武実知子(主婦)※アステイオン84より転載

 五十年前、沖縄中から支援されて社殿の復興が成った頃、遺族会や護国神社奉賛会は「靖國神社の護持は国家で、護国神社の護持は各都道府県で」をスローガンに掲げた。戦没者を合祀する神社は昔のように国や県で護持すべきだ、神社の経費に政府の補助がないのは嘆かわしい、と。この方針も、いつしか後退した。

 二〇一五年六月、沖縄戦から七十年目の「慰霊の日」、沖縄県護国神社の慰霊祭に来賓として招かれた靖國神社宮司・德川康久は、祭典後の講演会で「靖國神社はもはや国家護持を目指していない」と明言した。松平永芳宮司の頃から続く路線だが、メディアもいる会場での言葉は貴重である。国家護持をすると国家体制が変わるたび神社が翻弄される、神社の目的が戦没者の慰霊と平和の祈念である以上、変わる可能性のある国家に依存すべきではない、というのが理由である。十五代将軍の曾孫の言葉として聞くと、とりわけ説得力がある。

 毎年三月に開かれる全国護国神社宮司会でも、「普通の神社」になることが話題になる。靖國神社のさる幹部が発明したレトリックは、「あらゆる職業だった人が神様になったので、あらゆる人の守り神です。一番身近な神様です」というものだ。今後はどこも遺族会の支援が薄くなるため、全国の護国神社は今、独自の路線を模索している。城に隣接する観光地や桜の名所としてアピールする神社もあれば、新しい祭を始めたり可愛い縁結びのお守りで人気が出たりした神社もある。実際、靖國神社さえ一年で一番忙しいのは桜の季節だそうだ。

 それでも靖國神社は時として国際政治や歴史認識の論争の的となるが、護国神社はもう少し地域に近い。

 例えば、こんなことがあった。二〇〇八年三月に那覇地裁で提訴された「沖縄靖國訴訟」。沖縄戦の遺族五人が原告団となり、幼児まで準軍属として合祀したことは死者への冒瀆であり追悼の自由を奪われたと主張して、霊璽簿からの削除を求めた裁判である。二〇一一年九月、福岡高裁那覇支部で控訴棄却された後、筆者は被告(靖國神社)側集会を見物し、当時の共同研究者だった韓国人留学生が原告側集会に参加した。そして、「靖國神社でダメなら、次は護国神社を訴えてみては?」と提案してみたという。原告側の面々からは口々に「あなたはよそ者だから、そんなことを考える」と叱られたらしい。

 護国神社がなぜ始まり、どう再建されたか、誰が祀られたか。そんなこと誰も知らないという日がいつか来るだろうか。でも、それでいい。普通の人が日常のささやかな願いを掛けにきて、のんきに初詣や花見を楽しむ世の中になること。それが再建した人々の願いであり、おそらくは祭神たちの願いでもあったと思うからである。

[注]
(4)例えば、義母の実父は東京大空襲で死亡した。義母は一人娘で、母親が再婚したため、実父の墓や仏壇に参る機会はほとんどなかった。「平和の礎」が一九三一年から一九四六年までに戦争に関連して亡くなった沖縄県民の名前すべてを刻印すると決まった時、義母は証明と手続きに奔走し、実父の名前を刻めて「肩の荷が下りた」と喜んだ。護国神社の現宮司にとって実の祖父を偲ぶことができる唯一の場所は皮肉にも「平和の礎」だけである。

[執筆者]
宮武実知子(主婦) Michiko Miyatake
1972年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程(社会学専攻)単位取得退学。日本学術研究会特別研究員(国際日本文化研究センター所属)や非常勤講師などを経て、現在は沖縄県宜野湾市在住。訳書に、ジョージ・L・モッセ『英霊』(柏書房)などがある。現在、新潮社『webでも考える人』で「チャーリーさんのタコスの味―ある沖縄史」を連載中。

※当記事は「アステイオン84」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg




『アステイオン84』
 特集「帝国の崩壊と呪縛」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中