最新記事

歴史

沖縄の護国神社(4)

2016年8月16日(火)11時10分
宮武実知子(主婦)※アステイオン84より転載

 その八月には沖縄都市モノレールが開通して神社まで徒歩五分の駅が二つでき、神社のある大型公園の整備も進んだ。「日本の沖縄県」意識が定着し、内地からの移住者も増え、沖縄では少なかった安産祈願や七五三なども年ごとに賑わいを増す。

 今年二〇一六年正月の参拝者数は約二六万人(公式発表)。縦に長い沖縄本島の人口が一〇〇万人少しであることを考えると、驚くべき数である。迎える神社側は通常の職員に加えて、臨時アルバイトを一〇〇名以上も採用して対応する。内地の有名な神社に比べれば穏やかなものだが、境内は人で埋まり、昇殿参拝も途切れず続く。神社復興からわずか半世紀ほどで、正月時期の行楽としての初詣はすっかり定着した。

 一方、護国神社の「慰霊の場所」としての役割は薄れつつある。

 特に沖縄戦から五〇年の一九九五年、摩文仁に「平和の礎(いしじ)」ができた影響が大きい。日本軍に徴用されたアジア人はもちろん米軍人の名前も刻み、宗教性を排した新しいモニュメントと謳われた。だが、実は「十五年戦争に関連した沖縄の死者」すべてを記録した沖縄「県」の慰霊碑でもあり、県民にとっては「みんなの位牌」の役割を果たす(4)。平和祈念公園で追悼式典が行われる「慰霊の日」には、多くの県民が朝から「平和の礎」に詣でる。まるで沖縄式の墓参りのように、敷物の上に座って重箱を並べ、刻印された名前に水をかけ、花を供えて線香を焚き、手を合わせて時を過ごすのである。

 その間、神社はひっそりと慰霊祭をおこなう。神社役員さえ摩文仁へ行き、今や参列者は少ない。摩文仁まで行くのが大儀な高齢者が訪れる程度である。

 もちろん春秋の例大祭にはまだまだ参列者があり、普段から親が入居するホームのような親しさで参拝する人もいる。かつて遺族会青年部を支えた世代が餅つきや豆まきを企画するなど「遺族のための神社」ではあり続けているが、しかし全体の流れとして言えば、沖縄の護国神社は「戦没者の神社」ではなくなってきた︒

 もし参拝者を無作為に抽出して「ここの神様は誰でしょう?」とアンケートをしたら、「祭神など考えたこともなかった」という人が九割近いだろう。実際、話してみたアルバイトの琉球大学生でさえ「やっぱアマテラスっすか?」と答えたほどだ。現在の県民の半数以上を占める四十代以下の世代や移住者にとっては、正直なところ、沖縄戦の記憶も本土復帰の熱も実感に乏しいのである。

靖國・護国神社のゆくえ

 だが、しかし、これは喜ぶべきことだろう。護国神社がいったい何なのか知らないことは、大切な人々を失うやり場のない悲しみや、「日本人でありたい」という切実な願いが、過ぎ去りつつあることを意味する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中