最新記事

医療援助

アイラブユー、神様──『国境なき医師団』を見に行く(ハイチ編11最終回)

2016年8月17日(水)17時30分
いとうせいこう

<「国境なき医師団」の取材で、ハイチを訪れることになった いとうせいこう さん。取材を始めると、そこがいかに修羅場かということ、そして、医療は医療スタッフのみならず、様々なスタッフによって成り立っていることを知る。そして、帰国の前に、スラムに寄ることなった...>

これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く
前回の記事:「いとうせいこう、ハイチの性暴力被害専門クリニックを訪問する(10)

子供を救え

 OCB(オペレーションセンター・ブリュッセル)のコーディネーション・オフィスをあとにして、すぐ隣にあるCRUO(産科救急センター)の研修用の施設へ移動した。

 コロニアル様式の別荘みたいな建物で、中のドアを開けるとあのオランダから来たばかりのヘンリエッタプント、それから今日も回診を終えたのだろうダーンがいた。

 彼らはそれぞれ現地の小児科看護師たちを7、8人ずつ集め、3つのグループに分かれてテーブルを囲みながら、新生児の人形を使って緊急蘇生などの実習を行っていた。

 見れば、菊地紘子さんも遊撃隊のように各グループをサポートしていて、ハイチの女性看護師たちの質問に答え、実際に人形を使う手つきなどを細かく指示していた。

 その実習自体は一週間行われるそうだった。ヘンリエッタとプントはそのためにオランダから派遣されており、非常に熱心に一人ずつに話しかけていた。習う現地スタッフの集中がまた凄まじいほどで、講師の一挙手一投足から目を離すまいとし、自分でも人形でやってみようとした。

 何かわからないことがあると、テーブルごとに話し合いになった。その間も誰かが必ず人形を持っていて、まるで生きている人間の世話をしているかに見えた。

ito0817_2.jpg

 俺はその集中の様子になんだか泣けてきてしまった。ハイチ人もオランダ人もベルギー人も日本人も、ただひたすら子供を救うことしか考えていないのだった。それ以外に彼らの目的はなかった。

 それまでの取材で俺は、生活が苦しい中で体の弱い子供を持つ人々の大変さを思った。時には未熟過ぎる子供を救うこともあった。救われた子供は一生涯、障碍と共に生きる可能性も高かった。

 その中で、しかし命を救うことが絶対的な善だろうかと俺は複雑な気持ちになった。体力の乏しくなった母親たちを見ると、さらにその迷いは強くなった。

 しかし、目の前で新生児の蘇生のことに全神経を注いでいる小児科の人々を見て、俺の問い自体がナイーブなものだったと知った。彼らはこう考えるだけだ。


子供の命を救え。

 それで十分ではないか。なぜなら救えない生命も彼らの前には日々現れるのだから。
 そして、彼らは神ではないのだ。誰を救って誰を救わないかの線引きなど、原理的には不可能だ。

 だから子供の命を救う以外、彼らには、いや俺たちには出来ることがない。


子供を救え(もし時間があればこの曲をどうぞ(パソコンで))。

リシャーとの問答

 俺は講義の続く部屋から外に出た。
 屋外に素敵な食堂があった。

 そこを突っ切って、先にある石段に座った。
 リシャーがどこかへ電話連絡をしていたのを終えて、黙って近づいてきた。俺が少し体を横にずらすと、リシャーは頭を下げてそこに座った。

 「中はいかがですか?」
 とささやくように聞いてきた。

 「素晴らしいよ」
 と答えた。

 ふと思うところがあって、俺は質問した。
 「リシャーはなんでMSFに入ったの?」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中