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シリア情勢

ヌスラ戦線が、アル=カーイダから離脱を発表。シリアで何が起きているのか

2016年7月29日(金)17時50分
青山弘之(東京外国語大学教授)

米国、ロシア、シリア政府、シリア民主軍の「呉越同舟」による変化

 ヌスラ戦線のアル=カーイダとの関係解消は、イスラーム国の破門と同様、シリアや国際社会にとっての新たな脅威の出現を意味するのだろうか? この問いに答えるには、今回の動きが、シリア国内の軍事バランスの変化を結果として生じたという事実を押さえておく必要がある。

 ヌスラ戦線を含むシリアの「反体制派」は、2015年9月にロシア軍が空爆を開始して以降、これまでになく劣勢を強いられるようになった。もっとも最近では、2016年7月中旬、ロシア軍の航空支援を受けたシリア軍が、親政権民兵、外国人(パレスチナ人、イラク人、イラン人など)民兵の支援と、シリア民主軍(西クルディスタン移行期民政局の武装部隊である人民防衛隊[YPG]が主導する武装組織)との連携のもと、アレッポ市北部のカースティールー街道一帯を制圧し、同市東部一帯を支配下に置いてきた「反体制派」は完全に包囲されてしまった。

 クラスター爆弾、熱誘導弾、「樽爆弾」などを駆使したシリア軍とロシア軍の攻撃は、これまでは、無垢の市民を巻き込む「無差別攻撃」、「戦争犯罪」と非難されてきた。だが、時を同じくして、シリア民主軍がシリア北部のイスラーム国の主要都市の一つマンビジュ市を包囲し、有志連合がこれを支援するかたちで激化させた空爆で多数の一般住民が犠牲となるなか、欧米諸国は、自らがもたらす「コラレタル・ダメージ」(編注:やむを得ない民間人の犠牲)が触れられることを嫌うかのように、シリア軍やロシア軍への批判を控えた。

 米国、ロシア、シリア政府、シリア民主軍の「呉越同舟」によって苦境に立たされるようになった「反体制派」は、これまで以上に合従連衡を強めた。そのなかには、米国が支援する「ヌールッディーン・ザンキー運動」や「第13師団」などのいわゆる「穏健な反体制派」だけでなく、サウジアラビア、トルコ、カタールが後援する「シャーム自由人イスラーム運動」、「イスラーム軍」といったイスラーム過激派がいたが、その中核を担うようになったのがヌスラ戦線だった。

【参考記事】米国とロシアはシリアのアレッポ県分割で合意か?

 ところで、本稿で筆者が「反体制派」をカッコ(「 」)付きで呼ぶのは、こうした「反体制派」の実態を踏まえてのことだ。「反体制派」というと、「独裁」に抗い、「民主化」をめざす「革命家」、ないしは「フリーダム・ファイター」をイメージしがちだ。だが、このイメージに合致するような組織は「シリア内戦」当初から泡沫で、彼らはイスラーム過激派と連携し、その傘下で活動することでのみ存続してきた。シリアのアル=カーイダであるヌスラ戦線を含むイスラーム過激派こそが「反体制派」の実体をなしてきたといっても過言ではない。

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