最新記事

内戦

独裁者アサドのシリア奪還を助けるロシアとイラン

2016年6月24日(金)12時00分
フェイサル・イタニ(米大西洋評議会中東センター研究員)

ダマスカス近郊で政府軍の攻勢に巻き込まれた少女 Bassam Khabieh-REUTERS

<シリアの独裁者アサド大統領の演説が一変した。1年前には負けを認めていたのに、今月の演説では全土を奪還すると宣言。いったいこの1年間に何が変わったのか? 大国の思惑でアサドが生かされ、戦闘と人道危機が続く構図を読み解く>

 シリアのバシャ ル・アサド大統領のシリア内戦に対する姿勢が、1年も経たないうちに一変したのにお気づきだろうか。

 6月7日のシリア議会に向けた演説で、アサドは反政府勢力との和平交渉は敵の罠だと一蹴し、国土の隅々まで支配権を取り戻すと誓った。

 2015年7月にアサドが行った演説とは対照的だ。当時、反政府勢力に国土の大きな部分を奪われたアサドは、より重要な地域の守りを固めるために別の地域の一部を開け渡した、と認めた。

 マーク・トナー米国務省報道官はアサドの最近の演説について、「独りよがりの妄想だ。シリアの統治者には不適任だ」と述べた。確かにアサドは不適任かもしれない。だが彼が言っていることは本当に妄想だろうか。2つの演説の違いはアサドの打算や計画について何を物語っているだろう。

【参考記事】アサドを利する「シリア停戦」という虚構

 2つの演説の間に、アサド率いるシリア政府軍は完全に形勢を立て直した。この間軍事的に変わったことと言えば、ロシアの軍事介入だ。空爆やミサイル攻撃、軍事訓練といったロシア軍の支援によって、アサド政権の中枢を担うアラウィ派イスラム教徒(シーア派の一派)が多く暮らすシリア北西部の前線を固めることができた。

 一貫してシリアを支援してきたシーア派の大国イランとともに、ロシアは北部アレッポ県の反政府勢力をほぼ壊滅させ、首都ダマスカス周辺でも反政府勢力を弱体化、南部では反政府勢力の勢力拡張も阻止した。

 おかげで一息つけた政権側はテロ組織ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)の掃討に傾注し、シリアの東西を結ぶ戦略拠点であるパルミラを奪還、ISISが拠点とするタブカへ向けて進攻を続けている。

ISISと戦う限り野放し

 ISISが「首都」と呼ぶラッカまで車で1時間以内の距離にあるタブカを掌握すれば、シリア政府軍はクルド人やその他の反政府勢力に先んじて、ISISが宣言していた「イスラム国家」を崩壊させたと主張できるかもしれない。

 アサド政権はこうして、欧米や反政府勢力にさしたる譲歩をすることもなく、戦略的な立場を劇的に改善させることに成功した。

 アサド政権がISISと戦っている限り、欧米諸国はアサドを受け入れるか、対テロ戦争のパートナーとして大目に見ている。アメリカ政府もアサド退陣より打倒ISISを目標に掲げているので、事実上はアサドのパートナーということになる。

【参考記事】米国とロシアはシリアのアレッポ県分割で合意か?

 現在ISIS掃討で最も成果を挙げているのは、シリアのクルド人主体の反政府勢力「シリア民主軍(SDF)」とアサド軍、そしてその他いくつかの小規模な反政府勢力だ。アメリカはSDFを支援しながらも、アサド政権を黙認している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、停戦後に「ロシアと協議の用意」 ロは譲

ビジネス

VWが中国向け5車種の新モデル披露、シェア回復狙う

ビジネス

金価格、26年第2四半期までに1オンス4000ドル

ビジネス

ベーカー・ヒューズ、関税で通期実質利益に最大2億ド
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 4
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「…
  • 5
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 6
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 7
    日本の人口減少「衝撃の実態」...データは何を語る?
  • 8
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 9
    なぜ世界中の人が「日本アニメ」にハマるのか?...鬼…
  • 10
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中