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企業という「神」に選ばれなかった「下流中年」の現実

2016年6月21日(火)16時00分
印南敦史(作家、書評家)

 第2章「我々はいかにして『下流中年』にさせられているのか?――働くことの意味を問い直す」で、このことについてさらに深く掘り下げているのは、1975年生まれで、自ら「下流中年」になったと認める赤木だ。バブル崩壊の余波を全身で被った世代として、学生時代のバイト代と大差ない賃金を得ながら、なんとか生き延びてきたと彼は自負している。

 そして、下流中年とは、企業という「神」に選ばれなかった存在だとも主張する。実際のところ、大半の日本人が企業から多くのものを授かっているだけに、これは決して大げさな表現ではないだろう。


 現在日本においては、企業に見出され正社員としての刻印を受けることが人間の始まりであり、人間になって初めて車を買ったり、家庭を築いたり、家を建てるだけの賃金を得ることができる。そもそも結婚して「家」を築くことですら、正社員として働き、一定の安定した収入を得ることでしか成し得ないのだ。  ではそれを得られない人間は......? ずっと年200万円以下の賃金で、たった一人で1年1年何とかしのいでいくしかない。(69~70ページより)

 多くの人にとってこの点は、実際のところなかなか気づきにくい問題でもあるだろう。少なからず「神」に選ばれている以上は、報道などを通じて目にすることはあったとしても、皮膚感覚として理解しにくいことだからだ。

【参考記事】未婚男性の「不幸」感が突出して高い日本社会

 しかし、選ばれなかった人たちは、「ずーっとそうした生活を続けている」と赤木はいう(蛇足ながら、この「ずーっと」という表現の生々しさを少し恐ろしく感じた)。多少の増減があったとしても、非正規の人はいつまでも非正規のままで、ただ同じ生活を繰り返すことしかないとも。そのぶん、"非正規を数字で見るような報道"には違和感があるというが、無視すべきでないのはこの点だ。

 つまり下流中年は、「そこに生きる意義」を欠いたままの状態で生かされているのである。もちろん収入は多ければ多いほどいいし、そのぶん生活も安定するだろう。しかしそれ以前に彼らも、社会の一員として認められるようなシステムが確立されなければならない。


 中年層は、活き活きとして働ける場がないと、決してハッピーにはなれません。潤沢な生活保護があってもダメです。社会で自らの役割や居場所があり、そこで自分の能力を発揮できる。そういった職場があることが、中年層には大事です。(123ページより)

 第3章「それでも、『下流転落』に脅えることなかれ――分断社会から安心社会へ」において、阿部もインタビューを通じてそう主張する。ちなみに"潤沢な生活保護があってもダメです"という彼女は、厳しい状況に追い込まれている人たちには支援が必要で、そこから抜け出す方法を考えていく一歩の一つが生活保護であるべきだとも主張している。

【参考記事】気が滅入る「老人地獄」は、9年後にさらに悪化する

 一見すると、これは矛盾した論理展開だ。「生活保護があってもダメ」といいながら、「いざというときは生活保護を」と訴えているのだから。ただし、ここには、そういうこと以前に注目すべきポイントがある。

 つまり、「活き活きとして働けて、人間としての尊厳が保てる」状況があるべきなのだが――それは当然の理想論なのだが――「それ以前に、まず生きなければならない」という切羽詰まった状況に置かれている人が、それだけ多いということだ。つまり、結果的に論理の矛盾を生んでしまうほど、問題は複雑化していると捉えるべきなのではないか。

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