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北朝鮮党大会初日に北朝鮮で放火テロ、国民の怒りが爆発か
36年ぶりの党大会という厳戒態勢中に役所に対する放火事件が発生、特に首都から離れた地方都市には不穏な空気が漂っている
国家の威信 党大会後の5月10日、平壌の広場に集まった人民たちに向け、にこやかに手を振る金正恩党委員長だが Damir Sagolj-REUTERS
36年ぶりに朝鮮労働党第7回大会が開かれた北朝鮮から、衝撃的なニュースが飛び込んできた。党大会の期間中に、地方の「人民委員会(日本の役所に相当)」に対する放火事件が発生したというのだ。首都・平壌に世界中から100人を超す記者を呼び寄せ、盤石の統治をアピールしたい国家の目論見とは裏腹に、地方では住民の怒りが極限にまで高まっている現実を示す例と言える。
暗殺計画説も
北朝鮮の内部情報筋が伝えてきたところによると、放火事件が起きたのは北朝鮮の北端近くに位置するとある郡(情報源の安全のため、具体的な地名は伏せる)。党大会初日に当たる6日の午後9時ごろ、中心部に位置する人民委員会の建物から火の手が上がったという。
火元は1階で、その真上には人民委員長の執務室が位置しているとのこと。直ちに住民が動員され、40分にわたる消火活動の末に火は消し止められた。動員された住民は「火災現場からオートバイ用のガソリンタンク2つが見つかった」と情報筋に明かした。
折しも厳戒態勢の敷かれている党大会の開催期間中であったため、現地では大騒ぎに発展していると情報筋は緊張気味に語る。
ガソリンタンクという放火の証拠が見つかったこともあり、治安当局は国家に不満を持つ「不純分子」や「暗害分子(こっそりと悪事をはたらく者を指す北朝鮮の言葉)」の仕業と断定。思想警察の国家安全保衛部が捜査を担うことになった。それも所轄の郡保衛部ではなく、上部組織である咸鏡北道の道保衛部が捜査を主導しているという。
主な容疑者として、当時、特別警備にあたっていた人物を中心に捜査が進められているが、発生後3日が経った9日の午後現在、容疑者は捕まっていない。
北朝鮮でも、こうした事件がときどき発生する。
昨年10月初め、北朝鮮の葛麻(カルマ)飛行場で、金正恩氏の視察前日に大量の爆薬が見つかったと米政府系のラジオ・フリー・アジアが報じている。また、2004年春に起きた龍川駅爆発事故も謎の多い出来事だった。中国を訪問した金正日氏が特別列車で帰る帰路上で、謎の大爆発が起きたのだ。この出来事はいまもって、「暗殺計画」の可能性をはらむミステリーとして語られている。
一方、今回の放火事件からは、2つの意味を読み取ることができる。まず、36年ぶりの党大会の初日に合わせて行うことで明確に政府への不満を表しているということ。次に、平壌から遠く離れた地方都市に漂う不穏な空気感である。
「虐殺」に恨み
本紙でも度々言及している通り、北朝鮮では党大会を控え、国家最大の祝日である4月15日の「太陽節(故金日成主席の誕生日)」の頃から「特別警戒期間」を設定し、全土に厳戒態勢を敷いて不祥事に備えていた。
よりによって、その緊張が最高潮に達し、休日にまで指定して国民に祝うことを強制した党大会の初日に、致命的な事件が起きたのである。北朝鮮で最大の罪といえば、唯一独裁体制への反逆、すなわち国家への反逆であることは言うまでもないが、「不純分子」はこの絶対権威に正面から挑戦したかたちになる。
また、事件が起きた咸鏡北道という土地にも注目したい。李氏朝鮮時代、幽閉地でもあったこの地域は権力への対抗意識の強い「むほん(謀反)気」の多い土地柄として知られている。中国と近く、日本の植民地時代には抗日運動も盛んであった。
このため、抗日運動の経歴が重視される北朝鮮において中央に進出し幹部になった者も多く、北朝鮮建国後には「派閥化」が警戒され続けてきた歴史がある。1990年代にはこの地を本拠地とする軍団によるクーデター事件もあったほどだ。
昨今では、2009年の10月10日に道庁所在地の清津(チョンジン)市内で、朝鮮労働党と党幹部を非難する自筆のビラ数十枚がまかれ、道保衛部が清津市の全ての住民を相手に筆跡検査を行ったこともある。10月10日は朝鮮労働党創建記念日だ。
また、今年の4月末には、同じく清津市で銀行強盗事件が発生している。
放火事件の背景には、党に対する不満の高まりがある。新たに「党委員長」に就任した金正恩氏が「成果」をいくら強調しようとも、それは住民のためではなく、自身の権力継承のためのデタラメであることを、住民たちは全て見抜いている。
さらに、長期にわたって住民を苦しめてきた唯一独裁体制の犠牲者は、北朝鮮全土にあふれている。政治的な理由から身内が政治犯収容所に収監されたり、銃殺されたりした人々などは、体制に深い恨みを抱いている。
(参考記事:赤ん坊は犬のエサに投げ込まれた...北朝鮮「政治犯収容所」の実態)
(参考記事:北朝鮮「公開処刑」の実態...元執行人が証言「死刑囚は鬼の形相で息絶えた」)
この反感が、国家が定める祝日・記念日に様々な反逆を起こさせるのだ。消極的なものとしては落書きや、旗や看板などの器物破損があるが、今回はより直接的な手段を取ったものと見ることができる。
北朝鮮内部で取材を続ける情報筋はこう分析する。「党大会が終わっても、住民生活が改善しないことは明らかです。そうなると、住民の不満はさらに高まることになるでしょう」。
そう、党大会によって解決したものは、何もないのである。これこそが、「歓呼に湧く平壌市民たち」という平壌発の報道からかけ離れた、北朝鮮の現実なのだ。
[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。