最新記事

BOOKS

震災1週間で営業再開、東北の風俗嬢たちの物語

2016年5月2日(月)10時35分
印南敦史(作家、書評家)

 端的にいえば、関わるすべての人間の要求に応える必要があるということ。提灯記事を書くという意味ではない。その取材をすることによって、誰かがいわれのない苦痛やリスクを背負うとしたら、それはフェアではないということだ。たとえば本書の取材に関していうと、「掲載する価値」を求める媒体、取材対象としての風俗嬢を斡旋するかわりに(記事広告的な)見返りを求める風俗業者、そして震災で受けた心の傷を開かざるを得なくなる風俗嬢と、三者三様の思いを満たす必要があるわけである。でないと、取材自体が成り立たなくなる恐れがあるのだから。

 事実、取材は最初の段階から頓挫することになる。一般客を装ってデリヘル嬢を呼んで(プレイなしで)話を聞き、以後の取材の約束も取りつけるものの、直前になって「ちいさな町のことなので、目立つことはしたくない」と断られてしまうのである。

【参考記事】路上生活・借金・離婚・癌......ものを書くことが彼女を救った

 いわれてみれば当然のことではあるだろう。また、震災から1カ月も経てば出版社側の状況も変化してくるようで、「震災関連で」と企画を持ち込んでも「震災関連は最近ちょっと企画の通りが悪くなってるんですけど、どんなやつでしょう」と消極的な返事が返ってきたりする。しかしそれでも著者は、以後もさまざまなルートに話をし、粘り強くコネクションをつくって取材を続けていく。そしてそのかいあって、風俗店オーナーとのコネクションを得、数人の風俗嬢にインタビューできることになる。

 震災から1週間後に数件のデリヘルが営業を始めていたという事実には驚かされるし、それ以前に、地震と津波の被害に遭っていながら風俗を利用する人がいるということ自体に驚く。ここに登場するチャコさんという20代女性の話によると、相手にした客のほとんどが、なんらかのかたちで地震と津波の被害に遭っていたというのである。にもかかわらず、なぜ風俗を利用するのか? その答えは、以後の会話のなかにあった。


「家を流されたり、仕事を失ったり。それでこれから関東に出稼ぎに行くという人もいました。あと、家族を亡くしたという人もいましたね」
「えっ、そんな状況で風俗に?」
 思わず声に出していた。だが彼女は表情を変えずに続ける。
「そんな場合じゃないことは、本人もわかっていたと思いますよ。ただ、その人は『どうしていいかわからない。人肌に触れないと正気でいられない』って話してました」
「いくつくらいの人ですか?」
「三十代後半の人です。子供と奥さんと両親が津波に流されて、長男と次男は助かったらしいんですけど、いちばん下の男の子と奥さん、あと両親が亡くなったそうです。(中略)その人はプレイのあとで添い寝をしてほしいと言ってきたので、そうしてあげました」(41~42ページより)

 この発言について著者は「言葉を失った」と記しているが、まったくの同感だ。正直なところ考えたことすらなかったが、たしかにそんなとき、人肌に触れることには大きな意味があるのかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米共和強硬派ゲーツ氏、司法長官の指名辞退 買春疑惑

ビジネス

車載電池のスウェーデン・ノースボルト、米で破産申請

ビジネス

自動車大手、トランプ氏にEV税控除維持と自動運転促

ビジネス

米アポロ、後継者巡り火花 トランプ人事でCEOも離
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中