タイを侵食する仏教過激派の思想
タイでこうした過激思想が台頭した背景には、14年の軍事クーデター以降の経済の不振と社会の不満がある。「タイの仏教界では反イスラム感情が強まっている」と、国際軍事情報企業IHSジェーンズのアナリスト、アンソニー・デービスは指摘する。「ごく一部の過激派だけではなく、主流派の間にも広がりつつある」
仏教界からも懸念の声が
「イスラム教徒によるタイへの侵略を懸念している」と言うのは、仏教系のマハーチュラロンコーンラージャビドゥヤラヤ大学教授で「仏教国教化推進委員会」の会長を務めるバンジョブ・バンナルジだ。「われわれはイスラム教徒にひどく脅かされている。私の見るところ、イスラムは危険な宗教だ」
タイの人口の約94%は仏教徒で、イスラム教徒は4%にすぎない。それでもバンジョブは、タイをイスラム化しようとする陰謀があると主張する。
イスラム系少数民族ロヒンギャやバングラデシュからの密入国者の存在がその証拠だと、バンジョブは言う。「彼らはタイのイスラム教徒人口を増やそうとしている」。ただ、ミャンマーやバングラデシュから多数のイスラム教徒がタイに逃げ込んでいるのは事実だが、それは多くの場合、密航業者によって私設「難民キャンプ」に送り込まれ、閉じ込められているからだ。
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アピチャートのことを知っているという深南部の学生たちは不安を口にする。「宗教紛争が発生して、仏教徒とイスラム教徒の殺し合いが起きることを心配している」と、パッタニ県で宗教を学ぶ25歳の学生は言った。
仏教関係者の間にもアピチャートらへの懸念が広がっている。「仏教徒を名乗ってはいるものの、彼らは恐ろしい連中だ」と、仏教学者のスラク・シバラクサは言う。「(アピチャートは)僧侶を辞め、仏教徒であることもやめるべきだ。仏の教えは非暴力、友愛、哀れみの心だ。仏教をカルト化し、ナショナリズムや民族主義と結び付けるのは危険だ」
政府と仏教界の一部がアピチャートの言動に対し、非難の声を上げているのは心強い。それでも過激な主張は間違いなく人々の間に広まっている。
フェイスブックやツイッター、パンティップ(タイ最大のネット掲示板)などのソーシャルメディアでは、仏教徒が集まり「イスラム教徒問題」を議論している。「南部3県の過激派イスラム教徒に反対する」フェイスブックページには、4000人前後が「いいね!」を付けた。
アピチャートは、タイ全土の仏教徒が自分の言葉を真剣に受け止めていると語る。次は何をするのかと質問すると、落ち着いた声で答えたが、通訳は英語に訳すのをややためらった。
「次の計画は、火炎瓶を作ることだ。私だけでなく、国中の仏教徒が作る。もちろん、どこかに投げるためだが、それがどこかは誰も知らない」
[2016年4月26日号掲載]