最新記事

朝鮮半島

小鳥とプロパガンダ──朝鮮半島、非武装地帯の最前線

北朝鮮が「ゴースト団体」と呼ぶ朝鮮半島唯一の独立軍事機関NNSCの日常

2016年4月4日(月)10時37分

4月1日、厳重に防備が固められた朝鮮半島の軍事境界線。松の木やバラの茂みに囲まれた小さな食堂から一歩出れば、鳥の鳴き声がプロパガンダをがなり立てる北朝鮮の拡声器と張り合っている。写真は3月30日、板門店の南北軍事境界線で警戒にあたる韓国兵士(2016年 ロイター/Kim Hong-Ji)

[板門店(韓国) 1日 ロイター] - 厳重に防備が固められた朝鮮半島の軍事境界線。松の木やバラの茂みに囲まれた小さな食堂では、ステーキとアスパラガスのランチが提供されている。そこから一歩出れば、鳥の鳴き声がプロパガンダをがなり立てる北朝鮮の拡声器と張り合っている。

「ここは非武装地帯(DMZ)で一番のレストランだ」と、中立国監視委員会(NNSC)のスウェーデン師団を率いるマッツ・エングマン少将は語る。NNSCは、平和条約の代わりに休戦を維持するため、朝鮮戦争(1950─53年)後に設けられた。

当初は、北朝鮮側の代表としてポーランドと旧チェコスロバキアを含む4カ国で構成された委員会だったが、北朝鮮からわずか数メートルの場所に50年代に造られた兵舎には現在、スウェーデンとスイスだけが残っている。

50年代半ばには200人ほどが駐留していたが、現在はスウェーデンとスイスの将校がそれぞれ5人ずついるだけだ。

NNSCは毎週、非武装地帯内の境界をまたぐ兵舎でミーティングを行い、木箱を使って議事録を北朝鮮側と共有している。

「1995年5月以降、彼らは箱を空にしたことはない。存在しない団体からは書簡を受け取れないというのが彼らの言い分だ」と、今週3500回目のミーティングで議長を務めたスイスのウルス・ゲルバー少将は言う。

木箱があふれないように、NNSCは数カ月に一度は空にするという。

米国との平和条約をずっと求めてきた北朝鮮は、休戦が「長いこと機能せず」、NNSCは「歴史のなかで忘れ去られている」と主張する。

朝鮮戦争を終わらせた休戦協定において、孤立する北朝鮮と裕福な民主主義の国である韓国は、厳密にはいまだに戦争状態にある。

<ゴースト団体>

北朝鮮は1995年にNNSCがポーランドを除外してから同団体を認めなくなった。その2年前には、スロバキアとチェコに分裂したのを機に、チェコスロバキアも外していた。

「彼らはわれわれをゴースト団体と呼ぶ」とゲルバー氏は語る。

朝鮮半島で唯一独立した軍事機関であるNNSCは冷戦後、毎年恒例の米韓軍事合同演習を監視する中立的なオブザーバーとして自らを変革した。同演習をめぐっては、北朝鮮は攻撃準備だと抗議する一方、米国・韓国側は防衛のためだとしている。

スイスとスウェーデンの将校たちは、定期的な査察を行うことで、こうした演習が休戦に違反しないよう目を光らせている。

NNSCはまた、韓国軍の前線に赴き、休戦について講義を行うなど教育プログラムも実施している。そして、NNSCが従うのはスウェーデンやスイス、米国の政府ではない。

「平和条約もしくは戦争だけが、われわれの任務を終わらせる」と、ゲルバー氏は話す。

森林に響く地雷音

鮮やかな赤色のスイス兵舎にはビリヤード台があり、カウベルが飾られている。一方、スウェーデン兵舎には暖炉やバイキングのヘルメットがある。

板門店が一触即発の緊張状態となる以前の1970年代初めごろは、北朝鮮軍の高官がスイス兵舎のバーを訪れることも時折あったという。

「まるでリゾート地のようだ。素晴らしいし、静かで、空気も新鮮だ」と、冒頭のスウェーデン代表団のエングマン空軍少将は語る。

だが、休日のキャンプのような雰囲気が生み出しかねない気の緩みを警戒してか、NNSCのメンバーは境界フェンスの向こうに潜む危険に対し厳戒態勢をとり続けている。北朝鮮政府が休戦を守っているかを確認できる独立した機関は他に存在しない。

北朝鮮の深い森のなかから、シカやイノシシが地雷を踏んだ音が聞こえてくる夜もある。

今年に入り最も騒がしかったのは、北朝鮮が国連決議を無視して1月に4度目の核実験を実施した後、韓国が流したスピーカー放送に対抗した北朝鮮のプロパガンダ放送だったという。

「いら立たしかった。眠れないなんていうレベルではない。耳栓が必要な夜もあった」と、エングマン氏は当時をこう振り返った。

(James Pearson記者 翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

[ ロイター]

120x28 Reuters.gif
Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中