脱北少女は中国で「奴隷」となり、やがて韓国で「人権問題の顔」となった
著者もまた複数のブローカーに管理され、しかし13歳だということからギリギリのところで危機を逃れる(ある時期までは)。ちなみに印象的なのは、ホンウェイというブローカーだ。他の男たちと同じく、ときには暴力的なふるまいをするのだが、著者に人身売買の商売を手伝わせたり、ばらばらになった家族を見つけて保護するなど、悪人になりきれないブレを見せるのである。
私はまだホンウェイを憎んでいたが、それでも一緒に暮らすことには慣れた。彼は最初のうちはきつい態度だったが、時間がたつごとにやさしくなり、しだいに私を尊重し、信頼し、彼なりに私を愛するようになっていった。(183ページより)
著者の人間性がなにかを感じさせたのかもしれない。とはいえハッピーエンドが訪れるはずもなく、ホンウェイの仕事を手伝う過程で再会した父親を癌で亡くし、ホンウェイもギャンブルで身を滅ぼすことになる。著者と母親が死を覚悟してモンゴルに逃げたのは、そうした状況から逃れ、韓国にたどり着きたいという理由があったからだ。
ここから先の展開は、ジェットコースターのように爽快だ。いくつかの障害こそあったものの、それを乗り越えた著者はスポンジのような吸収力で多くを学び、2012年にはソウルの東国大学への進学まで実現させてしまうのである。それまで表に出しようがなかった可能性が、一気に開花したのだ。
そしてさらに大きな契機となったのは、テレビ番組で脱北体験を語ったことがきっかけとなり、ソウルのインターナショナル・スクールでスピーチを行なったこと。その後にインタビューや講演の依頼が増え、「北朝鮮の人権問題の顔」と呼ばれるようになるのである。
韓国警察の担当刑事から電話がかかってきたのはそのころだった。(中略)刑事は私の安否をたしかめるよう指示されたという。私が北朝鮮政府に監視されているという情報が入ったからだ。刑事はその情報をどうやって手に入れたかは教えてくれず、ただ発言には気をつけろと言った。危険だからと。(308ページより)
北朝鮮政府が著者を脅威とみなし、脅そうとしたことは驚きである一方、充分に予想できたことでもある。いずれにしても、そんなことで怯むことなく、著者はいまも世界を飛びまわり活躍しているという。今年で23歳になる女の子の半生としてはあまりに濃密だが、ここまで読み進めてようやく、読者の眼前にも光が差し込むことになるわけである。
私たちの多くは、北朝鮮についてそれ相応のことは知っているつもりになっているだろう。しかし、現実は想像をはるかに超えているということを本書は教えてくれる。でも、それ以上に私たちがここから受け止めるべきは、どんな苦境をもはねのける、人間本来の力だ。
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『生きるための選択――
少女は13歳のとき、脱北することを決意して川を渡った』
パク・ヨンミ 著
満園真木 訳
辰巳出版
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。書評家、ライター。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。