最新記事

東日本大震災

<震災から5年・被災者は今(1)> 義母と補償金を親族に奪われて

2016年3月2日(水)16時30分
山田敏弘(ジャーナリスト)

hisai01-03.jpg

浪江町の住民は原発事故後に避難したまま自宅には戻れなくなった(2011年5月22日、撮影:郡山総一郎)

 それは夫も一緒だったようだ。仮設に入ってしばらくすると、夫は肝臓を壊し、原発事故発生当時まで控えていた酒を再び飲み始めるようになった。

 牛舎のある自宅には自由に戻れず、体調もすぐれなかったために、牛は他の業者に売ってしまうより他なかった。突然仕事を失い、今後の見通しが全く見えてこない状況で、毎日何をしていいのかも分からない。新聞などでニュースをチェックし、仮設住宅のコミュニティセンターで行政の連絡を確認するだけ。いつも冗談ばかり言っていた夫は所在無げにテレビを見て過ごすことが増えていった。

 特に年齢が高い個人事業主や自営業者にとって、すべてを失った後で一から生活を立て直すのは容易ではない。夫が飲む酒の量は増え、朝から晩まで飲むのが日常になった。それがよくないことだと分かりながらも、本田も、むげに止めることはできなかった。

【参考記事】東京五輪の「おもてなし」、現行の公共交通では大混乱になる

 そんな生活が続いたある日、夫は体調不良を訴える。あっという間に意識を失い、痙攣を起こし、救急車で病院に緊急搬送された。アルコールが原因の肝不全に陥り、結局、そのままこの世を去った。2012年12月のことだった。本田は言う。「夫が亡くなってから、ますます孤独に感じるようになったし、自宅に戻りたいという思いも強くなりました」

 一方その翌年秋に、日本政府はそれまで目指してきた「全員帰還」の方針を覆し、移住を促す方向に政策転換した。そのかわりに、補償金を一括で支払うと発表。本田の自宅は帰還困難区域にあったため、浪江の自宅には二度と帰還できないことが決定的になった。

 その後、同じ仮設住宅内にある単身用の別棟に引っ越していた息子たちもそれぞれ新たな住まいを見つけ、散り散りになった。本田にとって、嫁入りしてから30年以上ともに暮らしてきた義母の存在が唯一、心の支えになったという。

 だが今回著者が仮設を訪れた際、本田は義母とも別々の暮らしを強いられていた。というのも、東京近郊に暮らす義理の姉たちが突然、義母の面倒を見ると言い出し、連れ出したからだ。

 背景にあるのは賠償金の存在だ。2015年、被災者に対する賠償金の支払いは、一括支払いなどで多くが終了した。被災者の受け取れる賠償金が確定しつつあると知った義姉たちが、それをきっかけに積極的に本田に接触してくるようになった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ドバイ国際空港、2024年の利用者は過去最多の92

ワールド

民間機近くの軍用ヘリ飛行を疑問視、米上院議員 空中

ワールド

ロシアの穀物輸出、EUの船舶制裁が圧迫 中銀が報告

ビジネス

大阪製鉄が自社株TOBを実施、親会社の日本製鉄が応
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中