最新記事

ヨーロッパ

脱「敗戦国」へ、ドイツの選択

2016年1月21日(木)16時22分
レヌカ・ラヤサム

 ところが95年、ボスニア東部のスレブレニツァでイスラム教徒7000人以上が殺害され、ドイツは第二次大戦後初めてヨーロッパの戦争に加わるかどうか、苦渋の選択を迫られた。

 二度と戦争をしないか、二度とアウシュビッツを生まないか──。世論は真っ二つに割れた。ドイツは結局、人道的介入の名目で派兵し、NATO軍の一員として後方支援と医療支援に携わった。

 99年には旧ユーゴスラビアのコソボで、国連安全保障理事会の決議なしで行われたNATO軍による空爆に参加。ドイツはやはり人道的介入だと主張したが、派兵に批判的な人々は地上部隊と空軍機の派遣は「防衛」の枠を超えていると感じた。戦後ドイツの「大きなタブーを犯した」とリービッヒは振り返る。

 以来ドイツはNATOからの域外派兵要請を拒みにくくなっている。ケースバイケースで世論を説得しなければならない点は今も同じだが、以前よりは説得しやすくなっている。

 ドイツは01年、NATO軍の一員としてアフガニスタンに1200人を派兵することを決定。政治家たちは当初、戦闘に参加するのではなくアフガニスタンの安定化が目的だとして派兵を正当化した。

 抗議の声こそ上がったものの、国民はドイツ兵が学校を建て、現地の人々を訓練していると思っていたと、ハンブルク社会研究所の歴史家クラウス・ナウマンは言う。だがドイツ兵に戦死者が出始めると、国民はドイツが戦争をしている事実を認めざるを得なくなった。

国民の半分以上が軍備増強に賛成

 92年以降、ドイツは国外で60の作戦に参加し、アフリカ、ヨーロッパ、アジア各地で国連軍とNATO軍に物資と兵員を送っている。ドイツは国際紛争にもっと責任を負うべきだと考える国民の割合は、昨年1月の34%から同10月には約40%に上昇した。

 与党・キリスト教民主同盟(CDU)の議員で軍出身のロデリッヒ・キーゼベッターは、ドイツは国外の問題への関与を深めるべきだと考えている。昨年11月のパリ同時多発テロ事件以降は特にそうだが、それには軍事投資を増やす必要があるという。最近の世論調査では国民の51%が軍事費増強に賛成している(14年は32%)。

 ナチスの超国家主義と戦争犯罪の遺産ゆえに、多くのドイツ人は長年、自国に誇りを持つことをためらってきた。域外派兵の目的は征服ではなく、支援でなければならないという考えが国民の間では主流を占める。

「愛国主義がドイツ人の心を動かすことは絶対にない」と、CDUらと大連立を組む社会民主党の国防問題担当ライナー・アルノルト議員は言う。「それはむしろいいことだと思う」

[2016年1月26日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中